コラム

このままだと毎年100万人レベルの交通弱者を生む日本は「移動貧困社会」

2020年12月08日(火)11時30分

免許返納は上手くしなければ、引きこもりと老いを加速させかねない(写真はイメージです) byryo-iStock

<高齢者の引き起こす自動車事故が大々的に取り上げられ、運転免許の返納者数は増加傾向にあるが、長年クルマに頼ってきた当事者のその後の移動手段や心身への影響はあまり語られていない>

IoT、AI、5G、ロボットといったデジタル技術を活用したCASE*1・MaaS・スマートシティが推進されており、クルマを持たない人などへ向けたモビリティサービスや自動運転の実用化などが検討されている。その一方、暮らしの不安は一向に減らない。

地方に行くとクルマ以外の移動手段が死滅してしまっている事実に直面する。東池袋の多重事故など高齢者が引き起こした事故のニュースを受け、社会は高齢者とその家族に免許返納を促すが、免許返納した後の生活や環境を整えていないという何ともお粗末な状況なのだ。

ずいぶん昔から、高齢者の移動手段の確保が課題と分かっていながら、私たち日本人がクルマに頼った暮らしを続けた結果といえる。

引きこもりと老いが加速

矢野経済研究所が国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」および警察庁「運転免許統計」などのデータを用いて推計したところ、年間の免許返納者数は毎年増え、2027年には年間で100万人に上るという。

50~60代の方に、免許返納問題について筆者が問いかけると、必ずと言っていいほどこう返答がある。「うちもちょうどその問題に頭を抱えています。どうしたら良いか分からないんです」

親の老いの状況をみて心配になり、もうクルマを運転させてはいけない。自ら返納しない親に代わって、その子どもが親を説得したり、時期をみて免許を返納させたりしないといけない。では返納した後の親の外出はどうするのか。公共交通は現実的に使えない。

この問題は、免許を返納する本人のみならず、その家族にも激しい葛藤を引き起こしている。クルマ以外の移動手段を持たない状況になってしまった地域での免許返納問題は、もはや個人や家族で対処できる範囲を超えているのだ。

免許返納は上手くしなければ、引きこもりと老いを加速させる場合も少なくはない。

東京品川の高齢者安全運転診断センターではドライブレコーダーを使って、高齢ドライバーの運転能力を客観的に分析し運転指導する「高齢者安全運転診断サービス」を提供している。このサービスは同専務理事である石田浩氏の後悔の念から生まれた。

石田氏の父親は乾物屋を営んでいて、軽自動車で毎日仕入れに行っていた。しかし、石田氏は老いていく父親が心配になり、半ば強制的に運転免許証を取り上げた。それが自尊心を傷つけることになり、父親は商売をやめて引きこもってしまい、一気に老け込んでしまったのだそうだ。

────────────────
*1 コネクテッド、自動運転、シェア・サービス、電動化という、次世代自動車産業で重要となる4つの技術の総称。ドイツの自動車メーカー、ダイムラーが提唱

プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story