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コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務所の「失敗の本質」
各社が「CM 打ち切り」に走った理由
第二に、「ビジネスと人権」という国際潮流が背景にあることにジャニーズ事務所が対応できていない、あるいはそれを軽視していることが明らかになったことだ。
9月7日の会見後、ジャニーズ事務所所属タレントを広告に起用していた企業の撤退表明が相次いでいる。例えば東京海上日動火災保険(相葉雅紀)、アサヒグループHD(アサヒビールブランドで岡田准一/生田斗真/二宮和也等)、日本航空(櫻井翔/松本潤等)、日産自動車(木村拓哉)、サントリー(松村北斗)、花王(中島健人)、第一三共ヘルスケア(松本潤)等の企業だが、その勢いは「ジャニーズ性加害問題当事者の会」(JSAVA) が「会としては当面、取引を直ちに停止することを希望するものではない」と表明するほどで、記者会見の中で「社名変更」や「所有と経営の分離」というカードを切っていればこうはならなかったであろう。
この7社は一つの共通点を有している。それは国連の「グローバル・コンパクト」に賛同し署名していることだ(親会社が署名している場合もある)。グローバル・コンパクトは「人権、労働、環境、腐敗防止」という4 分野について10個の原則を定めた国際的規範の一種であるが、賛同し署名・加入している企業は日本で569社(団体)、世界で23,028社(団体)に達している。
「企業は、国際的に宣言されている人権の保護を支持、尊重し、自らが人権侵害に加担しないよう確保すべきである」という原則を「普遍的な価値」として受け入れたことを表明している企業が仮に、これほどの深刻な性加害を認めた芸能事務所との出演契約を存続させるとしたら、よほどの合理的な説明を行わない限り、ESG投資を含む株主や内外ステークホルダーの理解を得ることは難しい。児童に対する性的虐待は最も強く忌避される人権侵害である。
もちろん企業がジャニーズ事務所所属タレントを広告に起用したからといって、直接的に人権侵害に加担したことにはならない。「タレントには罪はない」ことを抗弁としてタレント起用を継続するという判断もあろう。実際にジャニーズ事務所所属タレントの訴求力は強力だ。
しかし現在グローバルで大きな潮流となっている「ビジネスと人権」という規範は、企業が直接、人権侵害の当事者になってはいけないだけでなく、人権侵害の当事者から原料を仕入れたり、工場での組み立てを任せたりするような形で間接的に人権侵害を助長・援助・支援してはならないことを要求している。サプライチェーンにおける人権侵害の精査(デューデリジェンス)が要請されるのもその趣旨からであり、いわば「間接アプローチ」によって人権侵害をできる限り減らそうというものだ。ユニクロ(ファーストリテイリング)が2021年、人権侵害が疑われる新疆ウイグル地区で産出された原料を使って加工された「シャツ」をアメリカに輸入しようとして米政府に差し止められた事件では、人権侵害に企業が「間接的にも関与していないこと」を証明できるかどうかが問題となった。
ジャニー喜多川氏による性加害は個人犯罪にとどまるものではない。性加害はジャニーズ事務所として獲得した出演機会の提供や演出上の抜擢等を対価にした「手なづけ」(グルーミング)の下で行われていた。実行された場所は主に社長だったジャニー氏の私宅(合宿所)だが、業務(ビジネス)との関連性があったことは明らかだろう。タレント出演の対価は特に企業CMでは高額になる。ジャニー喜多川氏は2019年に死去しているとはいえ、性加害当時と同じ法人格を維持しているジャニーズ事務所にCM出演料の利益が帰属するとしたら、そのことを理解した上で企業が出演契約を継続させることが果たして妥当か、「ビジネスと人権」を巡る企業倫理が外国の機関投資家等から厳しく問われる可能性がある。その懸念から、各企業は慌ててCM契約の打ち切りに動き出している。
これに対してジャニーズ事務所所属タレントを出演させるメディア(主にテレビ局)の判断は難しい。CMにおける企業好感度や売上貢献度とは異なり「視聴率」の数値は即時かつ明快だ。「視聴率が取れる」ジャニーズタレントを切ることは現実的には容易ではない。しかし、民放では結局は番組スポンサー企業の判断が左右することになる。タレントによる移籍・独立の話も加速するであろう。他方で同じ公共放送のBBCが切り開いた今回の事件をNHKがどう正面から受け止めるかは、今年大晦日の紅白歌合戦にどれだけジャニーズタレントが出演するかで分かるかもしれない。
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