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コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務所の「失敗の本質」
記者会見で謝罪するジャニーズアイランド社長の井ノ原快彦、新社長の東山紀之、前社長の藤島ジュリー景子(左から) Kim Kyung-HoonーREUTERS
<「水に落ちた犬」としてメディアに叩かれ、企業のCM撤退が始まったジャニーズ事務所。どこで、どの判断を誤ったのか。コンプライアンス専門家が説く「失敗の本質」>
9月7日に行われたジャニーズ事務所の会見ほど近年、注目を集めた記者会見はないだろう。ジャニー喜多川前社長による性加害を事務所として認め、藤島ジュリー景子社長は引責辞任した。しかし代表取締役に残留し、社名も変更しない方向という歯切れの悪さに批判の声は鳴り止まない。
この事件は3つの特徴を有している。第一に、日本の芸能界において長年「公然の秘密」だった性加害が「外からの指摘」によって可視化されたことだ。
英公共放送BBCのドキュメンタリー番組"PREDATOR The Secret Scandal of J-Pop"(邦題「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」、インマン恵監督)の3月の放映を契機に、4月には被害者カウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会(FCCJ)で会見を開き、8月には国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会が訪日調査の一環としてジャニーズ事務所性加害を取り上げた。これまで芸能界やメディア等のステークホルダーの間で密やかに語られはするも、表立っては「ない」ものとして扱われ、「見て見ぬ振り」の沈黙と不作為に守られて隠蔽されてきた性加害問題にスポットライトが当てられたのは、こうした「外」からの指摘があったからだ。
今年の元旦、日本経済新聞にジャニーズ事務所による全面広告が掲載されたことを覚えているだろうか。「明日の"私たち"へ。一歩ずつ。」と題する広告が日経に掲載され、「2023年"私たち"の約束」として4個の「約束」が選挙公約のように掲げられた。その筆頭は驚くことに「コンプライアンス体制の整備・実践 企業が求められる責任を果たす」というものだった。
なぜジャニーズ事務所が突如コンプライアンスを宣言したのか。林眞琴前検事総長率いる外部専門家再発防止特別チームが8月29日に公表した「調査報告書」の中にその謎を解くヒントが潜んでいる。
調査報告書によれば、BBCは2022年8月18日にジャニーズ事務所に対してジャニー喜多川前社長による性加害についてのインタビューを依頼したが、ジャニーズ事務所は「辞退する」としていったんは拒絶。11月21日にBBCから再度「Right to Reply BBC Document-The Johnny Kitagawa Story(w/t)(BBCのジャニー喜多川に関するドキュメンタリー番組に対する応答の権利)」という文書が送られてくるや、ジャニーズ事務所は「大変重く受け止めて」おり、「時代や新しい環境に即して、経営陣、社員による聖域なきコンプライアンス遵守の徹底」を一歩ずつ進め、「新体制が発足して最初の年明けになる2023年1月に、新体制および新制度等の発表、施行を計画」していると返事をしたという。
この経緯からすると、元旦の新聞全面広告は、BBCの取材を受けて「聖域なきコンプライアンス遵守の徹底」を約束する「新体制の発表」の表れということになろう(ちなみにコンプライアンスが「法令遵守」を意味するとした場合、「コンプライアンス遵守」という表現は「法令遵守の遵守」という重複表現になる)。
少なくない広告費を払ってコンプライアンスを宣言する広告を打つこと自体は別に悪いことではない。しかしBBC側の対応はBBCの編集ガイドラインに基づくもので、特に「応答の権利」文章は、「重大な批判や不正行為の申し立ての対象となっている人々に返答する権利を提供することは、Ofcom(英国情報通信庁)の法令に基づく公平性担保の義務」であるというBBCガイドラインに沿った必要的手続きとして為されたものだ。
ジャニーズ側がその意味を正確に理解していたならば、異論・反論(があるのであればそれ)を行ったり、事実誤認の訂正等を主張したりする機会として活用することができた。それこそ5月14日公開の藤島ジュリー景子社長の動画や9月7日の記者会見で述べられた内容がBBCの取材があった昨年の時点で正面から主張されていたら、BBC番組の論調やその後の社会の受け止めが変わっていた可能性がある。そうしたことをせず、元旦の日経に全面広告を打つという対応を選択し、ジャニーズ事務所は企業としてのダメージ・コントロールの機会を自ら逸した。
アメとムチの懐柔はドメスティックな市場環境であれば一定の効果を有するであろう。「人」自体が商材となるタレントやアーティストの出演・管理業務は「人間関係」が強い影響力を持つ、極めて属人性の高い業務だ。アメリカで「#MeToo運動」を引き起こしたハービー・ワインスティーン事件を想起するまでもなく、業界有力者による地位濫用の危険性は、各国エンターテイメント業界共通の課題と言える。それに加えて日本の芸能界では契約書の交付は稀で、出演者の労働者としての保護は脆弱だ。日本語エンターテイメント市場自体の小規模性と閉鎖性も相まって、放送局等における「ジャニーズ担当者」(ジャニ担)を通じたメディア・コントロールに長けたジャニーズ事務所は、日本の芸能界において他に「文句を言わせない」存在に上り詰めていた。
2019年7月に公正取引委員会が「ジャニーズ事務所が元SMAPの3人を干しているのではないか」という疑惑を受けた調査を行ったが、優越的地位の濫用を認めるに足る十分な証拠を収集できなかったため、排除措置命令も警告も出せずに「注意」で終わったことは、裏を返せば芸能界におけるジャニーズ事務所の圧倒的な影響力を見せつけたとも言える。こうした「市場支配力」は盤石で、性加害の被害者による内部告発をものともしない「堅牢性」を備えているように思えたが、ジャニーズ事務所は創業家姉弟が死去してわずか2年足らずで瓦解に向かっている。それはドメスティックな市場に安住していた事務所を「外からの介入」が襲ったからだ。その結果、長年に渡る人権侵害が明るみに出た。堅牢に見える閉鎖空間は「外圧」に案外弱いのだ。
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