コラム

「韓国人自身の失敗」──朴正煕と尹錫悦の歴史認識は韓国社会に受け入れられるのか?

2023年05月10日(水)12時51分
尹錫悦

尹(写真)の歴史認識は朴と近い SARAH SILBIGER-REUTERS

<韓国人の歴史認識に厳しい、尹錫悦大統領。しかし、強大な権力を振るった朴正煕にもできなかった国民への説得を支持率が低い大統領にできる余地があるのか>

「実際、100年前の出来事をもって、今の欧州では、戦争をいくどか経験し、その残酷な戦争にもかかわらず、未来に向け、戦争当事国が協力をしているというのに、100年前の出来事をもって、無条件に駄目だ、膝を折って謝れ、というそんな意見は受け入れることはできません」(発言の原文から直訳)

韓国の尹錫悦(ユン・ソギョル)大統領の一言が大きな論争を巻き起こしている。掲載したのは米ワシントン・ポスト紙。訪米直前に、現地の有力紙に独占インタビューを取らせる、という形は、訪日前に読売新聞に独占インタビューを取らせたのと、同じセットアップだ。

今回の尹錫悦の訪米は、3月の東京から、5月に広島で開かれるG7拡大会合へと続く外交日程のハイライトであり、韓国の外交当局は周到な準備を続けてきた。

にもかかわらず、ワシントン・ポストが掲載した大統領の発言は、韓国国内で日本の過去を免罪するものとして、大きな批判を浴びた。

大統領官邸は記事には翻訳の誤りがある、と弁明したが、書いたのは東京に駐在する韓国生まれの記者。自ら韓国語でも発信する人物であり、語学力に問題があるとは思えない。加えてこの記者は、大統領から聞き取った発言をそのまま韓国語でSNS上に掲載している。本コラム冒頭の文章は、それを直訳したものだ。

記者によれば、インタビューで大統領は対日関係について多くの時間を割き、この発言もそのさなかになされたものだという。だから、そこに大統領自身の日本との歴史認識問題に関わる考えが表れていると言って恐らく間違いはないだろう。

「韓国人自身の失敗」と認識

そもそも振り返れば、尹錫悦はこの数カ月間、従来の韓国の歴史認識に大きく反する発言を繰り返してきた。

典型的だったのは3月1日、韓国で「三一節」と呼ばれる、かつての民族運動を記念した日の演説だった。

尹錫悦は「私たちは世界史の変化に適切に準備できず、国権を喪失し、苦しんだ私たちの過去を振り返る必要があります」と述べ、朝鮮半島の植民地化をもたらしたのは、韓国人自身の国際社会への対応の失敗であると結論付けた。

直後の3月6日に出された元徴用工問題の解決案もまた、韓国国内では不評であり、世論調査では約60%の人が反対した。

とはいえ、韓国においても同様の歴史認識を持っていた大統領がいないわけではない。最も近いのは朴正煕(パク・チョンヒ)である。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ロ結ぶ「プーチン—トランプ」トンネルをベーリング

ビジネス

米中分断、世界成長に打撃へ 長期的にGDP7%減も

ワールド

ハマス、武装解除コミットできず ガザ治安管理を当面

ワールド

トランプ氏、ウクライナ大統領と会談 トマホーク供与
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 5
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 6
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 9
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 10
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story