コラム

「世界が日本に迫る消費税増税」報道の幻

2015年05月26日(火)16時34分

 というのが該当箇所です。この部分を取り上げて消費税増税を15%、20%台に引き上げよと言ったとするか、あるいは知り合いの通信社の指摘のようにはっきりと数字を言ったわけではないとするか。どう受け取るか個人差があるとするのは簡単ですが、事務総長は10%になってもOECD平均の半分の税率であるとの事実確認と、各税金を増税すれば歳入増になるという一般論を述べただけなので、軍配は後者でしょう。

 結局のところ、発信元の通信社がニュートラルに伝えようと思っていても、配信先である新聞社、メディア関係者が政府や財務省への忖度からでしょうか、原文にあたらないためでしょうか、掌(たなごころ)を加えてというよりも印象論ありきの状況と察しますが、20%台まで消費税を引上げよと言った、としてしまう。しかも、課税ベースの拡大の話をするなら、所得税、法人税も対象としていることについてはほぼスルー。誤訳や超訳を超えて、もはや偏重の域に達している、この辺りに日本の報道の根本的な問題が見てとれるようです。

 とは言えメディア批判が本稿のメインテーマではありません。本題の対日経済報告書では消費税増税についてどのような指摘がなされているのか、一次資料を探ってみましょう。

 結論から先に言えば、財源確保のために消費税も含めた税率の引き上げは今後も必要だろうという表現に留めています。こと消費税に関しては、複数税率を採用すべきではない、つまり軽減税率への反対というのが実は今回の報告書での主旨であり、その証拠に消費税に関わる節タイトルは「Japan needs to further raise the consumption tax, while keeping a single rate (日本は更なる消費税の引き上げが必要、ただし税率は1つに保つべき)」となっています。

 それでも敢えて欧州並みの消費税率という箇所を抽出するなら下記の部分でしょう。


Consequently, if Japan were to achieve its fiscal targets by relying solely on the consumption tax, the rate would have to converge toward the 22% average in Europe.

結果的に、もし日本が消費税だけに頼るとするなら、その財政目標を達成するためにはヨーロッパ平均の22%の方向に近寄る必要があるでしょう。

 ここで英語原文をよく見ると、高校生の頃に習った仮定法過去の文章となっているのに気付かれると思います。仮定法過去というのはこうなったらいいなあという、あくまでも願望を示すもので、現在の事実とは違う状況を示すのに使う表現です。つまり厳密に言えば、OECD見解として願望を示しているだけで、高校の参考書に沿って解説すれば、現実には難しい、現実とは逆というニュアンスを含むとしてもよいでしょう。仮に消費税だけで財政目標の達成をするなら、という非現実的な条件設定をしているこの部分をもってしてOECD平均に消費税率を引き上げろとした、とするのも強引な話です。ところで、本音が消費税の増税だとしても、なぜこのような回りくどい表現をOECDがするのかといえば、やはり各国の税制に口出しをすれば内政干渉になるということを承知しているからでしょう。

 さて、OECDも否定する軽減税率について。消費税の標準税率が10%となった際に、食品について5%の軽減税率を採用すると、税収は3兆3000億円減少、それを相殺するには結局のところ11.4%まで標準税率の引き上げが必要になることが引き合いに出されています。複数税率の副作用として税収が落ちる結果、さらなる増税という悪循環に陥ってしまうというわけです。複数税率による徴税力の減退は軽減税率を長らく採用している欧州の例からも明らかです。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ホンダ、北米工場24日から通常稼働 半導体不足で生

ワールド

トランプ氏、対ロ制裁法案に署名へ 最終権限保持なら

ビジネス

エアバス、A350の大型派生機を現在も検討=民間機

ビジネス

ヤム・チャイナ、KFC・ピザハット積極出店・収益性
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story