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焦点:中国が脱北者に監視包囲網、摘発と送還の「数値目標」も

2024年09月27日(金)15時57分

9月25日、中国北東部の国境警備隊に、不法移民の摘発と強制送還の数値目標が設定されていることが明らかになった。写真はソウルで取材に応じる、脱北者のチョイ・ミンキョンさんとシン・フエさん。7月撮影(2024年 ロイター/Ju-min Park)

Ju-min Park Eduardo Baptista

[ソウル/北京 25日 ロイター] - 中国北東部の国境警備隊に、不法移民の摘発と強制送還の数値目標が設定されていることが明らかになった。北朝鮮から中国に逃れた「脱北者」にとって、中国当局の拘束を免れることがより困難な状況になっているという。ロイターが、これまで非公開だった公文書と事情に詳しい10数名の関係者を取材し明らかになった。

公開された100件以上の政府書類に記載された国境警備及び関連施設への支出をロイターが検証したところ、中国は総延長1400キロに及ぶ北朝鮮との国境沿いに複数の強制送還者収容施設を新たに設置し、数百のスマート顔認識カメラや追加の警備艇を導入している。

これに加え、中国警察は国内の北朝鮮出身者のソーシャルメディア上のアカウントの集中監視を開始し、彼らの指紋や声紋、顔認識データを収集している。ロイターの取材に応じた4人の脱北者と2人の宣教師が明らかにした。

北朝鮮市民の脱北を支援しているスティーブン・キム宣教師はロイターに対し、現在中国国内に在住する脱北者の90%以上は、警察に個人データや生体認証データを登録済みだと語った。同宣教師は脱北者2000人以上と連絡を取っている。

こうした措置はコロナ禍の際に導入され、2023年から一段と強化されている。

安全保障研究者や人権活動家、北朝鮮の元当局者など8人の関係者によれば、不法移民の取締りは中国当局にとって、対北朝鮮関係におけるやっかいな問題を抑え込むだけでなく、国内辺境地域での安定確保という点でもプラスになっているという。さらに、こうした脱北者の処遇は中国政府の裁量に委ねられるため、中国にとっては北朝鮮に対して行使できる影響力が増すことにもなる。

元米国務次官補代理で人権専門家のロバータ・コーエン氏は、「基本的に中国が最も恐れているのは、中国に逃げ込む脱北者が増え過ぎてさらに多くの北朝鮮市民が後に続き、いずれ北朝鮮を不安定化させ、韓国との再統一と朝鮮半島における米国の政治的・軍事的影響力の強化につながる、という流れだ」と指摘する。

中国の国境警備隊を統括する国家移民管理局と同局を監督する公安市に対し、脱北者の摘発や強制送還への取り組みについて問い合わせたが、回答は得られなかった。

中国外務省によれば、中国は「国内の外国人の権利及び利益を保護しつつ、国境における入出国の秩序を合法的に維持している」という。また同省は、ロイターによる報道を示唆する形で、「関連の報道はまったく事実に反している」と述べた。ロイターは同省に対し、新たな取材結果について、またどの点を事実に反すると見ているのか改めて問い合わせたが、回答はなかった。

また北京の北朝鮮大使館とジュネーブ及びニューヨークの同国国連代表団に、中国による脱北者対応について質問を送ったが、回答は得られなかった。

公開文書では国境監視と強制送還の対象について北朝鮮市民と特定しているわけではないが、実施地域は北朝鮮と国境を接する地域に集中している。

ロイターでは、中国の他の国境地帯で同様の対応が取られている証拠をほとんど確認できなかった。例外はミャンマー国境で、中国は組織犯罪対策に取り組んでいる他、最近になって強制送還者収容施設を開設している。

ミャンマー政府は声明で、22年から24年8月までの期間に4万8000人のミャンマー国民が中国から強制送還されたと述べ、安定の維持のために両国は国境管理に関して協力しているとした。

<国境監視の強化>

ロイターが検証した文書の1つに、北朝鮮と隣接する吉林省の国境警備隊に関する2024年度予算関連書類がある。

1億6300万元(33億6200万円)の予算のうち、約3000万元が国境警備関連の更新費用だ。隻数は明記されていないが新たな警備艇の予算や、不法入国し吉林省で生活、就労している外国人の「強制送還及び国外退去」の予算として2230万元が充てられている。

予算では、18カ所の国境警備拠点及びチームに対して、最低10人の不法滞在外国人の捜索及び「対応」や、30日以内の強制送還完了、不法移民を支援すれば「害悪及び費用」が及ぶことを住民に周知する、といった目標が設定されている。また、強制送還率95%を達成するための業績指標も示されている。

23年度と22年度の予算では、こうした予算枠は設けられていなかった。

また政府の入札資料によれば、昨年は国境に面した遼寧省丹東市で強制送還者収容施設の建設が始まり、吉林省長春市でも同施設の建設が計画されている。

3月、吉林省の国境警備隊は北京のセンサー製造企業HTノバと2650万元の契約を結び、監視システムの構築を委託した。ある入札資料によれば、「車両及び物品を透視する高エネルギー線を放射」し、ディープラーニング(深層学習)を用いて顔認識能力を継続的に改善できるという。

このシステムは23年度の国境警備隊予算に含まれたもので、脱北者が使うルートである長白地域の交差点2カ所に設置される予定だ。HTノバにコメントを要請したが、回答は得られなかった。

また国家移民局によれば、吉林省図們に7713平方メートルの強制送還者収容施設が23年に竣工している。コロナ禍以前から建設が進んでいたものだ。

同局では22年6月以来、朝鮮語を使える大卒者を対象に求人広告を何回か出している。勤務地は図們及び長春の施設で、職務は「主として強制送還を待つ不法移民の拘置、身元照会、強制送還の実施に携わる」とされている。

<政治力学>

中国政府は「脱北者」の存在を認めず、その代りに経済的動機による不法移民として対応している。北朝鮮市民の強制送還について公表されているデータはないが、人権擁護団体では、監視の強化により拘束されるリスクは増しているという。

強制送還の状況を監視しているソウルの「転換期正義ワーキンググループ(TJWG)」によれば、過去2年間、最終的に韓国を目指した脱北者のうち約70%が中国警察に拘束されたという。それ以前の時期は約20%だった。TJWGでエグゼクティブ・ディレクターを務めるイ・ヨンファン氏は、中国は4月に少なくとも60人の北朝鮮市民を強制送還したと明かした。

韓国への入国を果たす脱北者の総数は2017年以来減少を続けている。韓国統一省では中朝国境の監視強化が原因だとしているが、コロナ禍の終息以降は増加が見られるという。

韓国外務省は声明で、中国が北朝鮮の脱北者を強制送還しないよう、韓国政府は「徹底した努力」を行っていると述べた。

安全保障研究者5人はロイターに対し、中朝両国とも脱北者の流れを止めたいと考えているが、脱北者の処遇が中国次第であることから、中国にとっては対北朝鮮外交で使えるカードが増えていると指摘した。北朝鮮は中国との貿易に依存しているが、ロシアとの関係も強化している。

峨山政策研究院(ソウル)の中国専門家イ・ドンギュ氏は、「(中国は)自国に有利な要求を北朝鮮に突きつけることができる」と語る。同氏は、北朝鮮は経済的混乱に陥っており、中国はその影響が自国領内に及ぶことを望んでいないため、脱北者取締りの強化は安定性の観点から中国政府にとってプラスになると指摘する。

北朝鮮人権問題担当特命大使を務めたことのある延世大学のイ・ジョンフン教授(国際関係論)は、北朝鮮政府が脱北ルートの封鎖に関して中国の支援を求める可能性は高いと語る。同教授は詳細については触れず、ロイターでは北朝鮮がそのような要請を行ったことを確認できなかった。

<「網にかかった魚」>

中国が脱北者の取締りを行うのは珍しい事ではない。ロイターは2019年、中国当局による強制捜査で脱北者のネットワークが摘発され、少なくとも30人の北朝鮮市民が逮捕されたと報じた。

とはいえ、脱北者の中には今回の監視強化により恐怖感が高まっているという声がある。

12年に韓国入国を果たし、現在は脱北者のための支援団体を運営するチョイ・ミンキョンさんは、中国で使用が拡大している顔認識テクノロジーにより、脱北者は移動が困難になっていると話す。たとえば、公共交通期間の利用はあまりにもハイリスクになっているという。

1990年代に北朝鮮を離れ中国の黒竜江省に定住したシン・フエさん(50)は、コロナ禍の際に、村の当局者が北朝鮮出身者に対し、生体認証情報を警察に登録することを指示したと話す。北朝鮮出身の友人の多くはこの指示に従ったが、今では後悔しているという。

ソウルで取材に応じたシンさんは、「友人たちは私に、『登録したらダメ。私たちは網にかかった魚みたいなもの。北朝鮮が中国に、私たちを逮捕して送還するよう要求したら、もう命が危ない』と言った」と語った。

ロイターではシンさんの証言について独自に裏付けを取ることができなかった。黒竜江省政府の広報部にシンさんの証言内容について問い合わせたが、回答は得られなかった。

結局、シンさんは自分の生体認証情報を登録せず、密かに中国を離れる計画を練った。

シンさんは自家用車で移動し、中国南部の国境を越えてベトナムに入った。そこからバスや船、徒歩で進み、ラオスを経てタイに到着し、そこで韓国当局に引き渡された。韓国に到着したのは2023年だった。

(翻訳:エァクレーレン)  

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