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アングル:リセッションの予兆か、米国でフードバンクの需要急増

2023年04月30日(日)08時05分

 米国はリセッションへ向かっているのか。生活困窮者や福祉施設に食料を提供する国内最大のフードバンクの倉庫には不吉な兆候がある。写真は、全米最大規模の「アトランタ・コミュニティー・フードバンク」の倉庫。4月11日撮影(2023年 ロイター/Megan Varner)

[アトランタ 23日 ロイター] - 米国はリセッションへ向かっているのか。エコノミストや投資家は、インフレ率や雇用、住宅、銀行その他の先行指標をかき集めて判断しようとしているが、生活困窮者や福祉施設に食料を提供する国内最大のフードバンクの倉庫には不吉な兆候がある。

非営利団体(NPO)「アトランタ・コミュニティー・フードバンク」の棚の半分以上は空っぽだ。幹部によれば、サプライチェーンの問題もあるが、食料支援の需要が新型コロナウイルスによるパンデミックの最中と同じくらい高いのが主な原因だという。今年、ジョージア州アトランタ地域で食料配給に頼る人の40%は、これまで配給を受けた経験がなかったという。

民間慈善団体であるこのフードバンクで最高財務責任者(CFO)を務めるデブラ・ショーフ氏は「誰も予想していなかった事態だ」と語る。同NPOは企業・個人からの寄付、さらには政府からの補助を受け、ジョージア州内の29郡で食料を配布。ショーフCFOは全米規模の慈善団体「フィーディング・アメリカ」でも財務運営委員会に参加しているが、米国中から同じような報告が上がっていると言う。「コロナ禍の頃の状況まで戻ってしまった」と同氏は話す。

新型コロナの影響が最も厳しかった時期より配給の需要が多い地域もある。オハイオ州中部の地元のフードバンクでは、支援を求める世帯数が昨年以降50%近く増大しているという。

米国勢調査局のデータによれば、4月前半に無料の食料配給を受けた世帯数は1140万戸以上で、前年同期に比べ15%増えている。

「フードバンクという活動が始まってから約50年がたつが、失業率が過去最低にもかかわらず、食料配給の需要は前例がないほど大きいという状況は、これが初めてだ」と語るのは、フィーディング・アメリカで最高政府交渉責任者を務めるビンス・ホール氏。同団体は、6万カ所の食料配給所を支援している。

配給への需要が続く一方で、コロナ禍に伴う政府の緊急支援の大半はすでに終了。特に、補助的栄養支援プログラム(SNAP)のコロナ対応緊急拡大措置が終わってしまったのは大きい。以前は低所得者向け食料購入補助制度(フードスタンプ)と呼ばれ、店舗での食料購入にそのまま使えるデビットカードが配布されていた。

インフレも大きな要因だ。米労働統計局によれば、パンデミックが始まった2020年3月以来、食品価格は23%上昇した。

ノースイースタン大学でフードバンク経営と公衆衛生を中心に研究しているジョン・ロウリー教授(経営学)は、感染の急拡大が終了した後も食料の無料配布に対する需要がこれだけ大きいことは「(経済にとって)良い兆候ではなく、恐らくリセッションが間近であることを示している」と語る。

「配給に頼るのは恥ずかしいなどと気にしていられない多くの初回利用者は、もはや店舗で食料を買う余裕すらなく、配給所のありがたさを実感している。この現実は、経済と消費者が健全かどうかを的確に示している」とロウリー教授は言う。

フィーディング・アメリカに関する研究で有名なベイラー大学のクレイグ・グンダーセン教授(経済学)は、パンデミック時以上の需要急増を経験しているフードバンクは珍しくないと語る。今年需要が増加するのが意外ではない理由として、コロナ禍の緊急事態において政府が非常に多くの支援を提供していたことを挙げる。またSNAPの給付についても、2021年の定期見直しにより上方修正されており、4年前よりも今の方が多い状態が続いていると指摘する。

「コロナ禍では景気対策としての給付金があったし、長期にわたって家賃の支払いが免除され、賃金以上の失業給付があった」とグンダーセン教授は言う。

バージニア州のアパラチア山道沿いに広がる25の郡で活動する「ブルーリッジエリア・フードバンク」のマイケル・マッキー最高経営責任者(CEO)は、コロナ禍の下での緊急支援によって、基本的な経済の実態が隠されてしまったと語る。労働統計局による最新のデータでは、2020年3月以来、インフレ率が賃金上昇率を上回っていた。

「いま起きている状況は、この国における食料不安の範囲や規模、広がり、そして格差の影響をさらけ出している。最近のインフレだけに留まらず、賃金が生活費の上昇に追いついていない」とマッキーCEOは言う。

<「未知の領域」へ>

問題を複雑にしている要因が1つある。政府による食料支援の問題が、国債発行残高の上限を引き上げるべきか否かという政界での議論に巻き込まれてしまっているのだ。

連邦議会の共和党議員らは、ケビン・マッカーシー下院議長の言葉によれば「(バイデン大統領による)無分別な支出」に歯止めをかける対策パッケージの1つとして、食料支援の制限を提案している。

バイデン大統領は「低所得の米国民に悪影響をもたらす」として共和党の提案を一蹴した。飢餓対策の啓発活動家はロイターの取材に対し、SNAPの利用をさらに困難にする政策が導入されれば、フードバンクその他の緊急食料支援団体にはさらに負担がかかると話している。

米国における困窮者向け食料支援として圧倒的に規模が大きいのは、連邦政府の制度であるSNAPだ。配給される食事の回数で見れば、フードバンクや食料配給所は約10分の1を占めるにすぎないが、それでもSNAPに続いて2番目に大きい存在であり、社会的なセーフティーネットの重要な柱となっている。

コロナ禍への一時的対応としてのSNAP拡大が終了した今、ジョージア州やコロラド州、バージニア州など各地のフードバンクから、支援への需要が増大しているとの声が上がっている。

オハイオ州中部の20郡で活動する「フード・コレクティブ」は今年1―3月、食料配給所を訪れる世帯数が前年同期の約27万戸から39万戸程度へ45%近く増えたと報告している。

「未知の領域に入っている」と語るのは同慈善団体の広報を担当するマイク・ホクロン氏。「家計が苦しくなり、飢えをしのぐために緊急支援に頼る人がかつてないほど増えている」

ヒューストン・フードバンクのブライアン・グリーンCEOは1988年からこの仕事に就いているが、これまでも需要は供給を上回っており、経年比較は難しいと話す。支援食料の量では全米最大という同フードバンクで配布する食料は、昨年より今年の方が少ないが、その原因は現金や食料の寄付が減少しているからだという。

「コロナ禍の頃と同じくらいの食料が入ってくれば、配布できるのだが」とグリーンCEOは言う。

バージニア州のブルーリッジ・エリア・フードバンクが供給元となっている食料配給所も、最近の利用者急増を報告している。「ダレス・サウス・フードパントリー」では、2021年4月には週109世帯に食料を配布していた。2022年4月は147世帯、今月は183世帯に増えている。

バージニア州ウィンチェスターの「ハイランド・フードパントリー」では、コロナ禍の最中、週90世帯程度に食料を配布していた。今月は約135世帯だった。新たな利用者の1人、ヘイウッド・ニューマンさん(47)は便利屋として働いているが、コロナ禍の間は支援に頼らずに切り抜けたものの、今は生活が苦しいと話す。

「水道代やゴミ処理代、電気代、車関係の出費や家賃もある。こういう業者は状況を考慮してくれない」とニューマンさんは言う。

<綱渡りの食料確保>

アトランタには、全米最大規模のフードバンク「アトランタ・コミュニティー・フードバンク」の倉庫が4エーカー(約1万6200平方メートル)の敷地に広がっている。供給担当ディレクターを務めるミシェル・グリア氏によれば、約500万ポンド(2300トン)の食料を保管できる設計だという。その大半が食品メーカーや食料品店から輸送用パレット単位で寄付される。だが、先月の在庫水準は平均180万ポンドにすぎなかったとグリア氏は言う。

到着した食料はあっというまに棚から消えていく。多くの場合は数時間以内に、末端の食料配給所から要請がある。グリア氏によれば、この倉庫が3月に受け取った食料は980万ポンド、配送したのは960万ポンドで、余裕はごくわずかだった。

シャローン・ホワイトさん(31)は不動産会社で時給約18ドルを稼ぐシングルマザーだ。今月、アトランタ地域の食料配給所を初めて訪れた。ホワイトさんによれば、託児所の料金や家賃、光熱費を払えば、食品やガソリン、不慮の支出に充てられるのは毎月約300ドルしかないという。

4月初め、ホワイトさんは古着を寄付するために地域住民センターを訪れ、食料配給所の案内に気づいた。「結果的に、非常に助かった」とホワイトさんは言う。

大半の地域フードバンクと同様、このアトランタのフードバンクも、政府予算によるプログラムや企業や生産者からの現物寄付に支えられて食料を確保。危機的な状況を除き、自己資金で食料を調達しないようにしている。アトランタでは企業や農家からの現物寄付はおおむね安定しており、フードバンクの記録によれば、配布した食料の半分以上を占めている。だが政府支出が占める比率は大きく変動している。

コロナ禍以前、このフードバンクが配布する食料の約27%は政府に支えられていた。コロナ禍の最中だった2021年度は、政府が44%近くを提供した。今年はわずか13%を占めるにすぎない。

アトランタ・コミュニティー・フードバンクのカイル・ウェイドCEOは、こうした変動分を補うため、今年度は手元資金のうち1800万ドルを使う予定だと話す。5年前、この慈善団体は地域で配布した食料のうち約5%を自己資金で購入していた。今年はその比率が25%になる。

「しばらくは何とかなる」とウェイドCEOは言う。「だが、いつまでも続けられるわけではない」

(John Shiffman記者、Leah Douglas記者 翻訳:エァクレーレン)

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