コラム

江戸時代に学ぶエコライフ

2010年04月12日(月)13時51分

今週のコラムニスト:ジャレド・ブレイタマン

 東京の面積のおよそ8割が木陰に覆われて、住人は川や海辺で自由に魚や貝や海草を取って食べる?――突拍子もない夢物語にしか聞こえないかもしれない。

 でも、江戸時代の東京はそういう町だった。当時の江戸は、都市農業や経済発展と自然環境の調和をうまく保っていた。環境を破壊しない「持続可能な」社会づくりを目指す21世紀の今、江戸時代から学べることがある。

 金沢工業大学未来デザイン研究所のアズビー・ブラウン所長の新書『Just Enough: Lessons in Living Green from Traditional Japan』(講談社インターナショナル刊)は、そのことを私たちに教えてくれる。

 温室効果ガスを排出しない自動車などというのは、これまで「魔法の解決策」という触れ込みで登場しては期待外れに終わった数々のテクノロジーと変わらない。「脂肪分を含まないポテトチップス」が欧米人の肥満を解決しなかったのと同じように、新しい自動車技術も、私たちのライフスタイルを持続可能なものに変えはしないだろう。

 では、どうすれば理想的な脱産業化時代の未来を築けるのか。ヒントは江戸時代にあると、ブラウンは考えている。

 江戸時代の日本はどうやって森林破壊に歯止めを掛け、森林を増やすことに成功したのか。どのような手段や規制によって、食糧の生産と配分を増やしたのか。どうやって国の人口を2倍以上に増やし、江戸という大都市を発展させつつ、自然を守っていたのか。

これらの問いに対する答えは、今日の日本と世界にとっても大いに参考になるはずだ。

 この本でブラウンは、江戸時代の農民、大工、武士の日々の暮らしぶりを生き生きと描いて読者を引き込む一方で、当時の社会の構造、農業のあり方、交通・輸送システム、森林管理の方法、都市計画、家庭生活について、膨大な挿絵を盛り込みながら分かりやすく解説している。

■木材は自然に落ちた枝だけしか取ってはいけない

 江戸時代の日本では、森林と野原と都市の間のバランスを壊さないために、実にさまざまな慣習や規制が存在した。建材に始まり衣服に至るまで、人々の身の回りのものは機能の高さと美しさを両立させていて、しかもほぼすべてが再利用されるか、堆肥として土に還されるかしていたという。

 特に目を見張らされるのは、当時の日本社会がどのようにして天然資源の持続可能な利用を実践していたのかだ。この点に関して、ブラウンの分析は実に興味深い。

 たとえば、森の木材の採取は、自然に地面に落ちた枝だけ、しかも人が背中に載せて運べる量しか持ち帰ってはいけないものとされていた。

 灌漑システムは、水が水田を通過することによって濾過(ろか)されるようにできていた。交通・輸送手段は、家畜に依存するのではなく、人力と水上交通が中心だった。人間の排泄物を堆肥として利用することにより、廃棄物の量を減らしていたことにも注目したい(ちなみに、豊かな食生活を送っていた大名や芸人の排泄物は特に高値で売られていたという)。

 自然環境を守るためには、江戸時代の日本のように、生活の快適さと環境保護を両立させる道を探るべきなのではないか。「善行をせよ」「未来の惨事を防げ」と言われても乗り気にならない人も、きれいな空気や快適な居住環境、自然に囲まれた暮らしといったメリットを示されれば環境保護に取り組もうと思うかもしれない。

 ただし、すべて江戸時代を再現すればいいわけではない。ブラウンも指摘するように、江戸時代の社会には人間の基本的権利を抑圧する側面もあった。厳格な階級社会や、人口を抑制するための赤ん坊の間引きなどは、現代人にはとうてい受け入れ難いだろう。江戸時代のシステムを取り入れる際に、取捨選択が必要なことは言うまでもない。

 私たちは、都市の新しいライフスタイルをつくり出すと同時に、産業化社会ならではの環境に有害な行為を規制する必要がある。無料の道路が都市化の進行と自然破壊を招き、安価な食糧が人々の健康を脅かしている。化石燃料への依存は、際限ない戦争の原因になっている。そのことに、私たちはようやく気付き始めたところだ。

『Just Enough』を読むと分かるのは、今日と同じような問題に直面していた江戸時代の日本が農業と都市、人間と自然とを結び付けることを通じて、問題を解決していたことだ。

 江戸時代に学べば、日本ならではの持続可能なライフスタイルを見いだせるのではないか。よい未来を築く上で、そうした文化的な遺産が大きな役割を果たせるのではないだろうか。

 江戸時代から学べるのは、日本だけではない。江戸時代の教訓の中には、日本以外でも採用できるアイデアがあるかもしれない。何よりブラウンの本は、それぞれの国の人々が持続可能な未来を築く方策を探すために、自分たちの文化と歴史を見詰めなおすきっかけになるに違いない。

編集部注) 『Just Enough』の邦訳『江戸時代に学ぶエコ生活術』(阪急コミュニケーションズ)は2011年2月20日に発売予定

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米FDA、ベテラン腫瘍学部門責任者を新薬審査部門ト

ビジネス

サッポロHD、12月31日を基準日に1対5の株式分

ビジネス

ENEOSHD、26年3月期予想を下方修正 原油安

ビジネス

アシックス、通期予想を上方修正 オニツカタイガー好
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入口」がついに発見!? 中には一体何が?
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「流石にそっくり」...マイケル・ジャクソンを「実の…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【銘柄】エヌビディアとの提携発表で株価が急騰...か…
  • 10
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story