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コラム
町山智浩やじうまUSAウォッチ
イルカ漁告発映画『The Cove』と『わんぱくフリッパー』
「あなたはクジラを食べる?」
前に住んでいた家で、お隣さんのカイロプラティック師のテリさんに尋ねられたことがある。
「子どもの頃は学校の給食に出ましたけど、噛み切れなくて、あまり好きじゃなかったですね。大人になってからはほとんど食べないです。手に入る店も少ないし」
でも、飲み屋でたまに「鯨ベーコン」や「さえずり」は食べます、と言うのはやめておいた。テリさんがクジラの写真を印刷したパンフレットを手渡したからだ。
「捕鯨だけが問題じゃないのよ。これを読んで。日本の漁船はソナーを使うでしょ。それがクジラやイルカを苦しめているのよ。あなた、ひどい騒音をキンキン聞かされる気持ちになってごらんなさい」
テリさんはもうすぐ60歳。ニューエイジ直撃世代で、今はクジラ保護運動家だ。仲間を集めて、庭で抗議デモに使うハリボテのイルカを作ってたりする。ふだんは本当に親切でいい人だけど、ときどき「どうして日本人はクジラを食べるの?」と尋ねてきた。
そんなに食べませんよー、ついでに言うとスシやテンプラも毎日食べませんとテリさんには何度も説明したが、わかってくれなかった。
テリさんのような人々を集めている映画がある。『ザ・コーヴThe Cove』というドキュメンタリーだ。コーヴとは「入り江」という意味で、具体的には和歌山県にある太地町の入り江のこと。ここは世界のイルカ保護運動家の標的になっている。毎年9月、地元の漁師がイルカの群れを追い込んで殺すからだ。
世界のイルカ保護運動家たちにとって太地Taijiはアウシュヴィッツと同じ意味を持つ。彼らは太地で激しい妨害活動を続けている。最初はイルカ網を切った。2007年には入り江に突入し、身を挺してイルカを守ろうとした。このとき参加した1人がアメリカのテレビドラマ「ヒーローズ」で人気のヘイデン・パネッティーアだったので世界的に報道された。
それでも太地はイルカ漁を止めない。そこで運動家たちは国際世論を動かすため、イルカ殺しの現場を撮影し、それを世界的に公開しようと考えた。それが『ザ・コーヴ』という映画なのだ。
映画の製作はOPS(海洋資源保護協会)というクジラやイルカの保護団体。監督のルイ・シホヨスはOPSの会長だ。つまりこれは公然たるプロパガンダ映画である。シホヨスは『コーヴ』を今秋開かれる東京国際映画祭に出品しようとしたが、映画祭委員会から断られた。シホヨスによると委員会は「東京国際映画祭は日本政府から助成金を受けているので、日本政府の政策に批判的な映画は上映できない」と説明したという。
映画を観ると、たしかにIWC(国際捕鯨委員会)における日本政府の活動が辛辣に描かれている。たとえば日本がカリブ海の小国に資金援助をしてIWCに参加させ、捕鯨に賛成する票数を稼ごうとしたり。そしてIWCはイルカを保護対象に指定していない。
「日本人はクジラばかりか、あの可愛いイルカまで殺して食べているのを知っていますか? 年間2万頭以上も」
『コーヴ』のスタッフは東京や大阪で道行く日本人にそう問いかける。誰も「知らなかった」と驚く。イルカは和歌山や静岡、岩手など一部の地域では食べられているが、クジラ肉として全国のスーパーでも売られている。イルカとクジラの違いは大きさだけなので、まあウソではないが。
『コーヴ』ではまた、イルカやクジラ保護の根拠として「彼らは人間並みの知能を持つ」というお決まりの説も語られる。実はイルカ=人間並み説は、1962年にアメリカの脳科学者ジョン・C・リリーが発表した「仮説」にすぎず、未だ科学的に実証されてはいない。そもそも動物の脳の大きさは知能の高さとは関係がないのだ。
しかし『コーヴ』は、社会派ドキュメンタリーによくあるような自分たちの主張のレクチャーだけに終わらない。映画としてけっこう面白いのだ。
入り江の撮影は簡単ではない。入り江に下りる道には高いフェンスが立てられ、地元の漁協が24時間交代で見張りに立つ。周囲は切り立った崖になっている。
そこで撮影隊は隠しカメラで撮ることに決める。ハリウッドの特撮用小道具を作る職人に依頼して、カメラを隠すニセの石や木を作ってもらう。カメラは遠隔操作で動かす。それを仕掛けるために、タイペイの世界一高い高層ビルを登頂した冒険家を雇う。また、イルカの悲鳴を録音する水中マイクの設置には、素潜りの世界記録を持つ夫婦が参加する。彼らは深夜、軍事用の暗視ゴーグルを使って、闇にまぎれて入り江に侵入する。この過程はまるで『ミッション・インポッシブル』だ。
このミッションには隊長がいる。リック(リチャード)・オバリーという老人だ。彼はもう30年間も世界各地でイルカを救うゲリラ活動を続けている。イルカ捕獲を妨害するだけではなく、イルカの曲芸にも激しく反対している。狭いプールに閉じ込めて芸を仕込むのは虐待だと。太地で入り江に追い込まれたイルカのなかから、イルカ調教師たちが曲芸につかえそうなイルカを選んでいく。ここから世界中のイルカ・ショーに輸出されるのだという。売れ残ったイルカが食肉にされるのだ。
リック・オバリーは単なる同情ではなく、イルカを救うことに個人的な理由をもっている。彼はあの『わんぱくフリッパー』(64年~)のイルカを捕獲し、調教していた男なのだ。
『わんぱくフリッパー』はフリッパーというイルカと少年の友情と冒険を描いたTVドラマで、イルカの賢さ、可愛さ、忠実さはこの番組から世界に知られるようになった。「しかし、『フリッパー』が原因で世界中でイルカ・ショーが始まり、イルカが捕獲されるようになったのだ」とオバリーは自分を責める。
フリッパーは5匹のイルカが演じたが、そのうちの1頭、キャシーというメスのイルカが毎週続く撮影のストレスで死んだ。
「自分で呼吸を止めたんだ。自殺だと思う」オバリーは言う。「キャシーは僕の腕のなかで死んでいった」
その日からオバリーは自らの贖罪のため、イルカを救うことに人生を捧げるようになった。
オバリーの部隊はついにイルカ漁の現場撮影に成功する。血で真っ赤に染まった入り江を銛で刺されて断末魔の叫びをあげてのたうちまわるイルカ。オバリーは液晶テレビを胸に抱えて、入り江のビデオを上映しながら、IWCの会場に乱入し、渋谷の交差点に立ち続ける。彼の執念は、白鯨を倒すことに取り付かれたエイハブ船長を思わせる。あ、逆か。
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