コラム

李登輝前総統の逝去報道──日韓の温度差

2020年08月11日(火)15時30分

台湾の李登輝元総統逝去への反応は、日韓で大きく違った...... Ann Wang-REUTERS

<台湾の李登輝元総統逝去に対して、韓国の反応はあまりにも冷たいのではないかと思われるものだった。その理由は......>

7月30日、台湾の李登輝元総統が逝去された。台湾出身の最初の総統であり、直接選挙の実施や多党制の導入等、台湾の民主化に大きく貢献し、「台湾民主化の父」と呼ばれる彼は東アジアの歴史において重要な役割を果たした人物でもある。

彼に対する日本の反応は、ほかの国とは少し違う。戦時中、京都帝国大学に通い、学徒出陣により日本軍に入隊していた彼は終戦後においても日本との縁が深く、代表的な親日家としても有名だった。安倍総理が「誠に痛惜の念に堪えない。総統は日本と台湾の親善関係、友好増進のために多大なご貢献をされた」と追悼の意を表したことからも日本にとって彼が特別な存在であったことを知ることができる。

あまりに冷たい韓国の反応

これに対し、韓国の反応は近隣国家である台湾において偉大な業績を残した彼に対してあまりにも冷たいのではないかと思われるものだった。文在寅大統領は彼の死に対し公式にメッセージを発することもなく、外交部や駐台湾韓国代表部もホームページやSNSを通じて李総統に対する追慕のメッセージを送るどころか、彼の逝去について言及することすらしなかった。

マスコミの報道も大差ないものだった。公営放送であるKBSは一日の出来事を総括的に振り返る「9時のニュース」でさえも李総統死去のニュースが伝えられることはなかった。新聞記事が形式的にごく簡単な彼の経歴と死を伝えた程度である。韓国が、近隣国家である台湾の政治指導者の死に、これほどまでに無関心を装う理由は何か。

理解しがたい李元総統の「親日」と、中国への忖度

これにはいくつかの理由が挙げられる。最大の理由は中国に対する忖度だ。韓国は1945年の終戦以来、蒋介石の国民党政府を「恩人」と位置付けてきた。日本統治時代、中国本土に亡命していた朝鮮の抗日運動家たちを支援してくれたことに対する感謝である。それは国民党政府が内戦に破れ台湾に移してからも続いた。そこには過去の「恩」もあったが、朝鮮戦争以降、台湾と韓国には「反共」という共通の価値観を持つ者同士の「絆」があった。

だが、1992年韓国が中国と国交を結ぶ同時に台湾と断交。そして中国が超強大国として浮上した現在、韓国において台湾は忘れられた、いや、忘れたい存在となった。中国の前では到底、台湾に対する親しみなど表現することができないという現実。中国の目を気にせずに発言することなどできないのだ。韓国が米国のTHHADミサイルを配備したというだけで中国から経済報復を受けたという経験、ひどく痛い目にあったことを多くの韓国人は鮮明に記憶している。そんな韓国の立場では、中国が最も敏感に反応するトピックの一つである台湾について、安易に思いを述べることなどできないのだ。

もう一つの理由は李総統が「親日家」だということだ。李総統は日本軍少尉という経歴を持つのみならず、靖国神社を参拝するなど、韓国の立場から見れば非現実的な人物だ。朝鮮と同じ境遇、つまり、植民地支配を受けた人間が何故、新日家でいられるのか、韓国人の目には理解しがたい人物だったのだ。

韓国のある新聞は李総統が日本軍少尉となったことを「強制徴集」と表現している。「自分の意思に反して強制徴集される=被害者」であることが常識となっている韓国において李総統の日本愛は不可解でしかない。強制徴集された被害者でありながら、親日家である同時に、国民から尊敬される人物の存在を韓国マスコミはうまく説明できないのだ。

プロフィール

崔碩栄(チェ・ソギョン)

1972年韓国ソウル生まれソウル育ち。1999年渡日。関東の国立大学で教育学修士号を取得。日本のミュージカル劇団、IT会社などで日韓の橋渡しをする業務に従事する。日韓関係について寄稿、著述活動中。著書に『韓国「反日フェイク」の病理学』(小学館新書)『韓国人が書いた 韓国が「反日国家」である本当の理由』(彩図社刊)等がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 8
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story