ミャンマー西部チン州で軍が攻勢 衝突激化、民家100軒超が炎上
その後民家が炎上したというが、火災は砲撃によるものと兵士らによる放火の結果で、約1万人いた住民の多くは戦闘激化の前にすでに郊外に避難しており、一部は国境を越えてインド領内に逃れたとの情報もある。
国連は大規模な人権侵害を警告
国連でミャンマー問題を担当するトーマス・アンドリュース特別報告者は22日にカチン州やチン州に軍が部隊を移動させているとの情報を受けて「大規模で残虐な人権侵害の犯罪が起きる可能性が高い」と懸念を表明。「軍の増強が伝えられる地域の住民は十分に警戒するように。我々も残虐な犯罪への警戒を怠らないようしなくてはならないが、こうした心配が間違いであることを祈る」と指摘していた。
2016年以降、ミャンマー軍による西部ラカイン州での少数イスラム教徒「ロヒンギャ族」に対する弾圧、虐殺などから「民族浄化」作戦と呼ばれ、多数が殺害され約70万人のロヒンギャ族が隣国バングラデシュに避難した事態の再来を危惧する声が高まっていたのだ。
今回のタントラン郡区などでの戦闘は29日午前10時ごろに軍の兵士が住民が避難して無人となっていた民家に侵入して略奪をはじめようとしたところ、「チンランド防衛隊(CDF)」の部隊が兵士に向かって銃撃して、戦闘が始まったという。
この銃撃戦で軍に犠牲者がでたことから、軍による本格的な反撃と砲撃が始まり、戦闘がエスカレートしたと伝えられているが、戦闘による双方の犠牲者に関してはこれまでのところ詳しくは明らかになっていない。
軍による人間の盾作戦への懸念
チン州では5月にも南部のミンダッ地方で軍による軍事作戦が行われ、このときは大規模な砲撃を市街地に加えたうえ、居住地区に通じる水道を遮断して市民生活に打撃を与える手法がとられた。
また、戦闘で拘束した住民に目隠しをした上でロープでつないで並ばせ、戦闘の最前線に配置したり、進撃する兵士らの前方を歩かせて「弾除け」とする「人間の盾」という卑劣な手段も報告されている。
このため今回軍による攻勢が報告されたタントラン郡区でも今後こうした軍による作戦が拡大するに従って、国連が指摘したような大規模な人権侵害が起きる懸念も高まっている。
こうした緊張の高まりと戦闘の激化に対して国際社会やASEANは軍政を批判する以外になんら有効な手段を持ち合わせていないのが現状で、現地からの情報が限られる中で今後のチン州などでの戦闘状況が注目されている。
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など