香港デモの敵は、北京ではなく目の前にいる

2019年9月2日(月)17時40分
沈聯濤(シエン・リエンタオ、香港大学アジア・グローバル研究所特別研究員)、蕭耿(シアオ・ケン、香港国際金融学会議長)

香港の選挙による民主主義は重大な問題に直面している。ただし、そこには中国本土とほぼ関係のない理由がある。

香港市民の不満の根底には、強力だが無視されがちな要因が1つある。社会の格差だ。社会の所得格差の程度を測る指標「ジニ係数」は、完全に均等に分配されている場合が0で、1に近づくほど不平等度が高いことを意味する。

香港のジニ係数は現在0.539。過去45年間で最も高い。主な先進国のうち、ジニ係数が最も高いのはアメリカの0.411だ。

住環境のひどさは特に顕著だ。1人当たりの居住空間は上海の24平方メートルに対し、香港はわずか16平方メートル。さらに、香港市民の45%近くは公営住宅や補助金が支給される住宅に住んでいるが、中国では90%の世帯が1軒以上の住宅を所有している。

【参考記事】香港人は「香港民族」、それでも共産党がこの都市国家を殺せない理由

決められない政治の呪縛

香港が1兆2000億香港ドル(約1530億米ドル)を超える財政準備金を持ちながら、格差の解消が進まない理由は、抗議デモが全力で守ろうとしている選挙政治にほかならない。比例代表制を基にした複雑なプロセスで選ばれる香港立法会(議会)の議員は、政治的にもイデオロギー的にも分裂し過ぎて、合意の形成に至らないのだ。

立法会は中国政府と違って、既得権益を黙らせるような厳しい改革を断行できない。さらに、公的住宅の建設に土地を割り当てるなど、不動産価格を下げるような政策を実行しようにも、反対する不動産業者は立法会に強い影響力を持っている。

香港で抗議を続ける人々は、自分たちの声が届いていないと思っている。しかし、彼らを見捨てているのは、中国政府ではなく香港のエリート層だ。

香港の指導者は一般の市民から完全に懸け離れたところにいる。このため、ソーシャルメディアや報道機関には兆候が見えていたにもかかわらず、彼らにとっては今回の抗議デモは不意打ちだった。

香港はまず、市民と政策決定者のコミュニケーションをできる限り取らなければならない。簡単にはいかないだろう。一連の抗議運動に、明確な指導者がいないからだけではない。コミュニティーとしてどのように前進するかという合意がなければ、必要な改革を実施する政府の正統性を確保できないからだ。

香港がここ数カ月の混乱から立ち直るには、時間がかかるだろう。しかし、本土も香港も含めて全ての中国人が、手っ取り早い解決策も、一度に全てを決するような戦いも、存在しないことを知っている。

進歩とは、小さな一歩を永遠に積み重ねることだ。その歩みの多くを困難な状況下で進めなければならない。謙遜、忍耐、知恵、そして運命共同体という社会の意識こそが、成功をもたらすのだ。

©Project Syndicate

<2019年9月10日号掲載>

【参考記事】「生きるか死ぬか」香港デモ参加者、背水の陣


※9月10日号(9月3日発売)は、「プーチン2020」特集。領土問題で日本をあしらうプーチン。来年に迫った米大統領選にも「アジトプロップ」作戦を仕掛けようとしている。「プーチン永久政権」の次なる標的と世界戦略は? プーチンvs.アメリカの最前線を追う。


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