元CIA諜報員が明かす、ロシアに取り込まれたトランプと日本の命運

2018年5月23日(水)18時30分
ニューズウィーク日本版編集部

<NHKワールドのイチノセです。3つ質問があります。1つ目です。あなたの以前の同僚がCIA長官になろうとしています。多くの反対がありますが、誰が長官になるべきか個人的な意見を聞かせてください。2つ目はロシアの諜報機関の選挙操作が本当に効果を挙げたのかについてです。全ての目標は達成されたとおっしゃったが、トランプという人間をコントロールできないならば本当に成功したと言えるのか。3つ目はムラー特別検察官についてです。アメリカのメディアによれば、ロシアの選挙介入についての捜査の結論がそろそろ出そうだ、ということですが、いつごろだと思いますか。11月の中間選挙の前に出ると思いますか。>

ありがとうございます。ジーナ・ハスペルですが、彼女とはほぼ同世代です。あまりよくは知らなかったのですが、あらゆる点で彼女について言われていること――まともで有名で、プロフェッショナルとして有能でアメリカを救うと言う意味ではかなり功績があった――というのはその通りだと思います。だからといって、私の意見は変わりません。彼女をCIA長官に指名するのは恐ろしいことです。われわれは過去からは逃れられない。道義的な危機が時に起きます。選択の余地がない、あるいは選択肢が明確でない場合にどうするか。私がCIAにいた時に行われた、テロとの戦いにおける「高度な尋問」と言われたあのプログラムがまさにそれです。彼女を非難はしませんが、あのプログラムは大きな間違いでした。そういう人間を、拷問の加害者だった人物をアメリカの重要な立場に付けるということは、非合法的なやり方を正当化することにつながる。私はやはり反対です。

ロシアの諜報機関が果たして効果を挙げたのかどうか、ということですが、諜報機関の人間は自分たちの側に取りこむ人間を「アセット(資産)」と呼びます。どのアセットでもコントロールが完全に利く人間はありえない。確かにこの人物(トランプ)はアセットの中でもコントロールが利かなそうに見えます。例を上げますが、これまで75年間、ヨーロッパはアメリカの外交関係の戦略的な中心に据えられてきました。トランプを擁護する人たちは「ポーランドのNATO部隊を強化した」「ウクライナに武器を与えている。トランプはちゃんとやっている、必ずしもロシアに取り込まれているわけではない」と言います。これは全て戦術的な動きに過ぎない。より大切な、根本的な戦略的視点から見れば問題があります。

トランプはしぶしぶポーランドに部隊を増派しました。その直前のスピーチはメディアにあまり報じられていないのですが、そこで彼はプーチンをほめたたえたのです。ワルシャワのバルト黒海何とか、というプログラムだったと思いますが、そこでヨーロッパに関するプーチンの世界観を絶賛しました。それにはポーランドやハンガリー、スロバキアが入って来るのですが、これはNATOの同盟関係とEUを大きく損なうものです。一方でNATOの会合をトランプが呼び掛けて開いた、ということは一切ない。逆に「カネを出せ」と言うばかりです。1200人ぐらい増派したからといって、それが何でしょうか。根本的なところでアメリカの対ヨーロッパの関係が変わっていることが問題です。

第二次大戦中のウィンストン・チャーチルの例を挙げたいと思います。彼はドイツがイギリスのいくつかの都市を空爆するのを許しました。ドイツの暗号を解読していたことをばらさないため、防ぐこともできたのにそれをしなかったのです。彼にとって苦渋の選択でした。トランプがそれと同じだと言うつもりはありません。彼が意識的にロシアの諜報機関の工作を許している、と言っているわけでもない。私自身のもっと小さなアセットを操った経験でも、第二次大戦のこのエニグマの例でも、国益というより大局的、戦略的な視点から時には犠牲を払うことがあるのです。

ムラー特別検察官がいつ結論を出すのかという質問ですが、私は法律家ではありませんし、水晶玉を持っているわけでもないですが、次のことを指摘したいと思います。アメリカのメディアではあまり注目されていないのですが、ムラー検察官が「共謀」をどう扱うか。共謀という概念は法律上非常にあいまいで立証も難しい。もしかしたらムラー特別検察官は裁判所で通りそうにないため、共謀の立証を試みないかもしれません。

ただ、それとは無関係に、諜報機関にいた人間として見れば明らかに共謀はあります。ジャーナリストなら複数の情報源から証拠を固めていく。法律家も裁判所に認められる証拠を集める必要がありますが、諜報機関員にその必要なく、状況証拠であれ何であれ、そういった示唆が圧倒的な数で上がってくれば、われわれにとってはそれが証拠と言えます。共謀はあったのです。公開情報だけをみても圧倒的な情報が上がって来ている。ムラー氏も何百万人の人たちもそう思っているでしょうし、私もそうです。真実は明らかです。証拠を挙げて有罪にできなくても、真実は明らかなのです。

諜報の世界では何か1つ敵の行為があったとき、それに対して何も行動をしなければ怠慢だと見なされます。今回は400件以上のそういった行為が明らかになっているわけです。それに対して何の行動も取らないのは、死んでいるか、国を裏切ったか、あるいは歴史を振り返れば失敗と決めつけられるに違いない。そう思っています。

ニューズウィーク日本版連載コラム「CIAが視る世界:グレン・カール」

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