今こそ、シリアの人々の惨状を黙殺することは人道に対する最大の冒涜である

2017年9月23日(土)11時50分
青山弘之(東京外国語大学教授)

しかし、イランは、米国を一方的に出し抜いた訳ではなかった。米国は前述のシリア南西部での緊張緩和地帯設置をロシアと合意するにあたって、イスラエルに配慮し、ゴラン高原およびヨルダン国境から40キロ以内の地域への「外国人シーア派民兵」の駐留を禁じるよう求め、イランにこれを認めさせたのである。

なお、イスラエルは、イランがシリア国内でミサイルの開発製造を行っているとの批判を繰り返し、9月7日にはシリア軍基地2カ所(ハマー県ハシャイフ・ガドバーン村の野営キャンプと科学研究センター)への越境爆撃を敢行した。

ロシアと米国による「支配地域の交換」という取引

こうしたなか、ロシア軍の航空支援を受けるシリア軍は、ハマー県東部、ヒムス県東部、ラッカ県南西部でイスラーム国に対する掃討作戦を継続し、支配地域を拡大、9月5日にダイル・ザウル市に到達し、3年以上にわたってイスラーム国の包囲を受け孤立していた同市の解囲に成功した。

この戦果もまた、ロシアと米国による「支配地域の交換」という取引の産物だった。その具体的な内容は公式に発表されていないが、ダイル・ザウル県でのイスラーム国に対する「テロとの戦い」への有志連合の参加をめぐる取引だったと推察される。

そのことを裏付けるかのように、米国の支援を受けた西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)人民防衛部隊(YPG)主体のシリア民主軍は9月9日、ダイル・ザウル軍事評議会の主導のもとに「ユーフラテスの嵐」作戦を開始し、ハサカ県とダイル・ザウル県の県境から1日に50キロ以上も南下し、ユーフラテス川左岸の工業地区に到達した。また、これと前後して、「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室に所属する武装集団が、米国の正式の要請を受け、ヨルダン領内に撤退した。

ダイル・ザウル県では、ロシアと米国がこれまで以上に連携を強めている。9月16日以降、ロシア軍は、有志連合が制空権を制していたユーフラテス川左岸への空爆を開始、シリア軍も同地に渡河し、支配地域を拡大していった。空爆はイスラーム国だけでなく、シリア民主軍の拠点も標的となったが、米国は「ロシア軍との衝突回避に専念する」としてこれを黙認した。

疲弊し、荒廃したシリア国内の人々の生活をどう再建するのか

ロシア、トルコ、イラン、米国の一連の取引を見て明らかなのは、これらの国が、シリア政府を秩序回復の主軸に据えてシリア内戦を終息させようとしているという事実だ。むろん、今後も、イスラーム国やシャーム解放委員会の殲滅方法、反体制派やロジャヴァの処遇をめぐって、意見の相違や衝突が生じるだろう。だが、それらはもはや本質的な対立ではない。

シリア内戦の主要な争点は、6年半におよぶ武力紛争と経済制裁によって疲弊し、荒廃したシリア国内の人々の生活をどう再建するのか、そして難民・避難民をどう帰国(ないしは第三国定住)させるのかといった問題に移行している。

「体制崩壊は時間の問題」と主張してきた欧米諸国やその同盟国は、シリア復興が重要だとしながらも、バッシャール・アサド政権が存続する限り、制裁解除や復興支援は行わないという姿勢をとり続けている。だが、より厳密に言うと、「アラブの春」当初の近視眼的な予測に基づくこの言葉と、自らが現場で是認している現実の不整合をどう調整するかに腐心しているというのが実情だろう。

この不整合を解消するもっとも安易な方途は、おそらくはシリアへの忘却を誘うことだろう。アレッポ市解放以降、欧米諸国のメディアでシリアに関する報道が激減した現状は、そのためにはきわめて都合が良い。

だが、こうした姿勢に終始し、シリアの人々の惨状を黙殺し続けることが、欧米諸国のシリア内戦への干渉政策の根拠だったはずの人道に対する最大の冒涜であることは、誰の目からも明らかだ。

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