韓国より低い日本の最低賃金 時給1000円払えない企業は潰れるべき

2019年7月11日(木)18時00分
デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長)※東洋経済オンラインより転載

「政府の介入を拒否する」なら、実績を示せ

【主張3】「政府介入は最小限に」は噴飯ものの暴論

3番目の反対意見「そもそも、賃金は企業の経営者が判断するべきで、最低賃金といえども政府の介入は最小限にするべき」は、はっきり言って噴飯ものの暴論です。

日本商工会議所が政府は介入すべきではないと主張するならば、自分たちの判断能力が高く、これまでも国益に大きく貢献してきたことを証明する、実績を示すべきです。国の介入なしに自らの判断でやってきた結果、政府が口出しをするよりすばらしい結果を出せることを証明する必要があります。

実際はどうだったのでしょうか。

かつて世界を制覇していた日本企業の中で、いまだに活力が残っているのは自動車産業くらいです。それ以外は数々の経営のミスによって、見るも無残な状態に追いやられてしまいました。2018年の「フォーチュン・グローバル500」のうち、世界第3位の経済規模を誇る日本の企業はたった52社でした。トップ50は3社、トップ10は1社のみです。しかもイメージと違って金融機関と商社が極めて多く、52社中15社を占めています。

この30年近く、日本経済はまったくと言っていいほど成長していません。ほかの先進国では、過去20年間で給料を1.8倍以上に増やしました。一方、日本の経営者は反対に9%減らしてきました。

世界9位だった生産性は、世界28位まで下がりました。子どもの貧困、格差社会、非正規の増加などなど、経営者のミスによりさまざまな社会問題が顕在化してしまっているのが、日本の現状です。

そもそも資本主義では「政府の介入」は当然ありうる

日本商工会議所は、政府は賃金に介入しないで、生産性向上を応援するべきと言います。生産性が上がれば、賃金をきちんと払うという理屈でしょう。

しかし、今までの20年間、生産性はわずかながら上がっているにもかかわらず、賃金は下がっているという厳然たる事実がありますので、日本商工会議所の理屈には信憑性がありません。政府としては経営者団体を信用するわけにはいかないのです。

国を守るために給料を増やすべきだった経営者は、その任を果たすことなく今日まで来てしまいました。彼らには、「国は介入せず、自分たちの判断に任せてほしい」などと要望する資格はまったくと言っていいほどありません。ですので、国が主導するしかないのです。

そもそも資本主義の歴史を振り返れば、労働者が社会通念上許されないほど過酷な労働条件で働かされているなら、国が主導して改善するのが当たり前です。だからこそ児童の労働は禁じられ、1日の労働時間は8時間と定められているのです。

最低賃金が1000円未満では、年間2000時間働いても年収200万円に届きません。これは日本という先進国で、日本人という優秀な労働者に対して、社会通念上許される給料水準でしょうか。私には、到底そうは思えません。日本国憲法第25条、「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」に反しているとすら思います。

国民と国益を犠牲にしてでも、企業数を守るべきか

そもそも日本では、法人の数と雇用の数を混同して勘違いしていることが問題です。

私が社長を務めている小西美術工藝社も属している文化財修理の業界を例にとって考えると、なぜ日本商工会議所が最低賃金の引き上げに反対しているのか、その理由がわかります。

この業界では、現状、約30億円の売り上げを20社で取り合っています。20社あるので、当然、本社は20カ所あり、社長も20人います。

この業界に再編が起こり、例えば20社が5社に経営統合されたとします。経営統合により会社の数は減りますが、国宝や重要文化財の修理予算は減りません。修理をする会社が減ったからといって、需要自体は変わらないからです。そのため、必要とされる職人の数もほとんど変わりません。

一方、統合が進めば、企業の規模が拡大し利益が集中するので、より高度な設備投資などができますし職人の労働環境は安定します。研修もより充実させることが可能になります。過当競争が緩和され、より健全な競争が担保されるようにもなり、一人ひとりの専門性が上がって技術が上がります。いいことずくめです。

しかし、このようにいいことばかりの一方で、ある特定の人たちだけは犠牲にならなくてはいけません。社長たちです。会社の数が減るので社長のポストも当然、減らさなくてはいけません。だからなかなか再編が進まないのです。

結局、日本商工会議所が最低賃金の引き上げに反対しているのは、社長の数が減るのを恐れているからのように感じます。つまり、極論を言えば、日本商工会議所の反論は、国民と国益を犠牲にしてでも「社長の数だけは死守しろ」と主張しているだけなのです。

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※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。

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