「一帯一路」に立ちふさがるバロチスタン解放軍とは―中国のジレンマ

2019年5月20日(月)13時20分
六辻彰二

仮にパキスタンに基地が建設されても、実際に軍を展開させれば、あくまでパキスタンの国内問題であるバロチスタン分離独立問題に関わることになり、結果的に中国は「開発途上国の主権を尊重する国」としてのアドバンテージを放棄せざるを得なくなる。

安全確保と原則の狭間でのジレンマは、これまでにも南スーダンなどでみられたことだ。

裏交渉はあるか

そのため、別の可能性も指摘されている。2018年2月、英紙フィナンシャル・タイムズは中国政府が権益を保全するため、BLAと密かに交渉していると報じた。

中国はアメリカやイギリスと同じく「過激派とは交渉しない」という立場だが、アメリカがアフガニスタン撤退のためにタリバンと交渉しているように、こうした建前は絶対とは限らない。

ただし、この報道に関して、中国とBLAの双方が否定している。中国政府はBLAを「本当のパキスタン人ではない」と切り捨て、BLAは香港メディアの取材に対して「バローチ人はバロチスタンで次々と住む場所を追われている...こんな状況で対話などあり得ない」とにべもない。

真偽は定かでないが、中国が頭越しにBLAと裏交渉をすれば、パキスタン政府の不興を買うことは間違いない。

「中国による『一帯一路』沿線国の支配」を示唆する論調も多いが、そうだとしても中国にとって開発途上国の政府は重要な「足場」であり、その支持を失うことはリスクが大きい。そのため、中国にとってパキスタン政府との関係を決定的に悪化させる選択は難しい。

中国のジレンマの先

こうしてみたとき、中国のジレンマは根深く、できることはパキスタン軍の支援にとどまるとみられる。即効性ある対策が難しいことは、今後バロチスタンで中国企業を狙うテロ攻撃がさらに増えることを予期させる。

同様の事態は、バロチスタン以外でも起こり得る。「一帯一路」沿線のアジア、中東、アフリカには、自国の政府と敵対するローカルな勢力が珍しくない。中国の進出が活発化すればするほど、こうした勢力にとって中国企業は格好の標的となりやすく、それは「一帯一路」そのものを脅かし得る。

これを放置できないと、仮に中国が軍事力を実際に行使し始めることがあれば、それは中国が「西側とは違う」というこれまでの自己イメージを変える時だ。それは中国が、これまでより一層なりふり構わず海外進出を進めるきっかけになると想定されるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売


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