「歴史のリセット」を夢想するドイツ新右翼「帝国の市民」とは何者か

2018年5月29日(火)15時45分
六辻彰二

そのメンバーは(オバマ氏が大統領選挙で勝利した)2008年以降、急速に増えているとみられ、全米で約1,000人にのぼるとみられます。「帝国の市民」と同じく、彼らも運転免許証など公的な身分証明を破棄し、独自のIDカードをもち、税金の支払いを拒絶しています。

現実の法律や公的機関を否定する「独立市民」は、しばしば暴力事件を引き起こしてきました。2016年1月にはオレゴン州のマルー国立野生動物保護区を「独立市民」の一団が占拠。この地区に関する連邦政府の管轄権を引き渡すよう求め、最終的に警察との銃撃で一人が死亡しました。また、ニュージャージー州では2017年にイデオロギーに基づく暴力事件が11件ありましたが、このうち5件は「独立市民」によるものでした。

歴史をリセットする夢想

ドイツの「帝国の市民」に代表されるタイプのグループには、大きく二つの特徴を見出せます。

第一に、基本的に伝統的な価値観や歴史を重視し、一方で現実の社会に不満や幻滅を蓄積させていることは他の極右勢力と同じでも、歴史のある時点に立ち返るという不可能なことを夢想している点です。

第二に、その不可能な夢想のために、現実を全く否定するという倒錯がある点です。現実社会を否定し、仮想の結びつきを「現実以上の現実」と捉えることは、ネット空間の発達により後押しされているとみられます。

いずれにせよ、「帝国の市民」のようなグループの台頭は、各国にとって新たな脅威となります。

歴史や伝統を重視することは「保守」の必須要件でしょうが、それと歴史のリセットを目指すことは話が別です。実際にある国家や社会が「誤り」であり、理想化された過去を現実にしようとする思考パターンは、その実現が不可能であるだけに、力に頼りやすくなります。それは「イスラーム共同体の復活」を目指したイスラーム国(IS)にも通じるものです。現実を否定する夢想が拡散し、現実に疲れた人々を引き寄せる現状からは、右翼テロの脅威がまた一段上がる懸念が大きいといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

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