焦点:南シナ海仲裁裁判に台湾が横やり、裁定遅延の恐れも

2016年5月11日(水)08時22分

[香港/台北 10日 ロイター] - 台湾の当局に近い団体が、南シナ海の領有権をめぐりフィリピンが中国を相手取って起こした国際仲裁手続きに対して、横やりを入れている。台湾にも主張する権利があるとの政府見解を強調する陳述書をオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に提出したためだ。

異例とも言えるこの陳述書提出は、国連海洋法条約(UNCLOS)の下でフィリピンが申し立てた画期的な裁判で、常設仲裁裁判所が最終的な裁定を下す矢先の出来事だった。こうした動きにより、2カ月以内に下されるとみられていた裁定が遅れかねないばかりか、悪化する南シナ海の領有権問題がさらに複雑化する恐れもある。

同裁判所は先月、台湾が国連に加盟してもいなければ、UNCLOSにも署名していないにもかかわらず、台湾当局系の「中華民国国際法学会」による陳述書を認めたと、司法筋と外交筋がロイターに明らかにした。

台湾からの数百ページに及ぶ証拠を検討するだけでなく、判事はフィリピンと中国からさらなる情報を求めていると、この案件に詳しい複数の司法筋は語った。

フィリピン政府は、実質的に南シナ海全域に関する権利を主張する中国に対し、南沙(英語名スプラトリー)諸島は島ではなく「岩礁」や「環礁」などであり、故に200カイリの排他的経済水域(EEZ)は当てはまらないなどと反論している。

台湾が実効支配する太平島はスプラトリー諸島最大で、一部の専門家は島としての地位と経済水域を同島が最も主張できると考えている。ブルネイが付近の海域を主張する一方、スプラトリー諸島は中国、ベトナム、マレーシアも権利を主張している。

台湾当局者は、太平島は自然に人が居住できない「岩礁」であり、故に島の地位もEEZも主張できないとしたフィリピンの陳述書にいら立っている。

さまざまな政府報告書や声明を証拠として引用し、中華民国国際法学会は常設仲裁裁判所に提出した陳述書のなかで、「太平島が人の居住やUNCLOSの下で経済活動を維持することが可能な島であることは明白だ」と主張している。

ロイターは常設仲裁裁判所に書面で質問を送ったが、回答はまだ得られていない。コメント要請に対するフィリピン外務省からの返事もなかった。

<「先祖の所有地を守れ」>

台湾のこうした動きは、南シナ海で米中間の緊張が高まるさなかに行われた。中国が人工島建設を進める一方、米国は哨戒活動や軍事演習を強化するなど、両国は同海域の軍事化を互いに非難し合っている。

中国外務省はフィリピンの申し立てによる裁判を受け入れない意向を繰り返し、中国の領土主権を無効とするため、フィリピンが同裁判を利用していると主張。ロイターに対し、「台湾海峡を挟んで両側にいる中国人は皆、先祖の所有地を共に守る責任がある」とファクスで回答した。

中華民国国際法学会は正式には民間団体だが、台湾当局と近い関係にある。馬英九総統はかつて同学会の代表を務めたことがあり、現在も理事会に名を連ねている。今月20日、馬総統は退任し、1月の選挙で圧勝した民主進歩党(民進党)の蔡英文氏が新総統に就任する。

馬総統は1月に太平島を訪問し、同島が島であることを改めて強調した。総統の報道官はロイターに対し、中華民国国際法学会による陳述書提出は台湾当局を代表するものではないとしたうえで、同学会が提出した証拠は当局の公的立場と一致すると語った。

同学会の主張が中国の立場を後押しするかもしれない一方、中国政府は、常設仲裁裁判所が、国際社会における台湾の立場を強化するようないかなる動きに出ることも警戒するだろうと、専門家は指摘する。

中国当局者はこの問題における同裁判所の管轄権とフィリピンの申し立てをする権利について繰り返し反論し、仲裁手続きへの参加を拒否している。

中国政府は常設仲裁裁判所への陳述書提出を拒否しているが、同裁判所の発表によれば、判事は中国の公式声明を考慮に入れているという。

中国政府が同国の一部とみなしている台湾は、どのような形であれ仲裁手続きへの参加を呼びかけられてはいなかった。ベトナムは、常設仲裁裁判所に管轄権があると判断したフィリピンの申し立てを支持し、陳述書を提出している。

東南アジア研究所(シンガポール)の南シナ海専門家、イアン・ストーリー氏は、判事が台湾の主張を検討することを認めたのは大きな意味があると指摘。

「判事が、公平であろうと努力していることを示している。中国が参加を拒否しても、台湾が国連に加盟していなくても、あらゆる関係当事者の主張を考慮に入れようと苦心しているのがうかがえる」とストーリー氏は述べた。

同氏はまた、台湾に「国際的な場所」を与えるのを中国は気に入らないであろう一方で、この問題に関しては「中国は見て見ぬふりをするかもしれない」との見方を示した。

(Greg Torode記者、J.R. Wu記者 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

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