アングル:「尊厳死」法制化に揺れる日本、高齢化と財政難が拍車

2016年3月31日(木)20時01分

[東京 31日 ロイター] - 定年退職した元航空会社職員、丹澤太良さんにとって、84歳の母親が迎えた安らかな死は自分自身の終末の姿を考える重い体験でもあった。

悪性リンパ腫として限られた余命を宣告された母親は、診断を受けた病院を出て介護施設に移った。延命治療は拒み、痛みを緩和する措置だけを受けながら、静かに息を引き取った。

「(母の死は)まだ早いと思っていたが、同時にこういった死に方もあると思った」と68歳の丹澤さんはロイターに語った。

その後まもなく、丹澤さんは自分自身の「リビング・ウイル」(遺言書)を作成し、病気や事故などの結果で死期が迫ったり、植物状態になったりした場合でも延命措置は望まないと明記した。

<「死のありかた」へ高まる関心>

尊厳死の選択を宣言する「リビング・ウイル」。日本は世界でも最も速いスピードで高齢化が進む国のひとつだが、丹澤さんのように、意に反した延命措置を拒み、自ら望む終末期の姿を生前に書き残す人はまだ少数派だ。カリフォルニアやカナダ、ベルギーなどで合法化されている医師による自殺ほう助(physician-assisted suicide、PAS)だけでなく、「リビング・ウィル」に関しても、日本では何の法律も整備されていない。

しかし、団塊世代の高齢化が進み、死のあり方への関心が高まる中で、延命拒否をタブー視する伝統的な考え方は少しずつ変わりつつある。テレビや新聞、雑誌、書籍などで「老衰死」が取り上げられるようになり、高齢者の間では「終活」セミナーが人気だ。医療の専門家によれば、衰弱した高齢患者への栄養チューブ利用も減っているという。

「いま考え方を見直す転換期にいると思う」と民進党の増子輝彦参議院議員は語る。医療措置によって生かされているだけでは人間としての尊厳が損なわれる。そうした考えが日本人の間で一般的になりつつあると指摘する。

増子議員が会長を務める超党派の議員グループ「終末期における本人意思の尊重を考える議員連盟」は、患者の同意を得て延命措置をしなかったり、中止したりした場合、医師を法的責任から守るための法律の制定を積極的に働きかけている。しかし、昨年、同グループは新たな法律の原案をまとめたものの、未だに国会提出に至っていない。

<「薄情な治療中止」恐れる声>

厚い壁の一つは、伝統的な家族観に基づいた心理的な抵抗だ。これまでも日本では、家族がお年寄りの面倒をみるべき、という昔からの考え方が、延命治療を拒否したり中止したりする際の障害になってきた。患者が望んだとしても、多くの家族は薄情にも治療を放棄したと責められるのを恐れているのだ。

医師も、家族から裁判で訴えられるとの危惧を抱いている。厚生労働省は2007年に「終末期医療」のガイドラインを作成、患者本人や代理人が医師などからの適切な情報提供や説明に基づいてケアのあり方などを決定する、医療行為を中止・変更する決定は複数の専門家で構成する医療ケアチームが慎重に検討する、などと定めている。

しかし、医師側の懸念は払しょくできていない。「医師はそうした治療を中止した場合、刑事上、民事上いずれでも責任を問われないよう何らかの保証を求めている」。医師でもあり、かつて終末期のがん患者を担当したこともある自民党厚生労働委員会の古川俊治参議院議員は語る。

さらに、 障害者の権利を守ろうとする団体が、安楽死合法化の第一歩になりかねないとの懸念から、強く反対している。

法制化推進派が主張するのは、人間は尊厳を保って死に至ることを望む、ということだ。しかし、法制化推進派が「リビング・ウィル」の普及を働きかけているのは医療費削減が目的だ、と障害者の自立を支援するヒューマンケア協会の中西正司氏は手厳しい。

こうした法案が通れば、「安楽死(の推進)につながってしまう」と72歳の中西氏はいう。同氏は21歳の時に脊髄を損傷、その時に医師からは3カ月の命と告げられた。以来、車いすの生活が続く。

<遅れる法案提出>

日本の国民医療費は2013年度、初めて40兆円に達した。75歳以上の高齢者の医療費が全体の3分の1を占め、高齢化に伴ってその割合はさらに増える傾向にある。

この話題がいかに微妙な問題であるかは、麻生太郎財務相が2013年、高齢者の高額医療と関連して、終末期の高齢者は「さっさと死ねるように」してもらわないと、などと発言し物議をかもしたことでも明らかだ。

尊厳死法案は、7月に予定される総選挙前に提出されることはないだろう。議論を巻き起こすような法案をこの時期に進める利点はほとんどないからだ。

「私のような団塊の世代が高齢になりつつある。現実問題として、死に直面せざるを得ない」。老母の尊厳死を見届けた丹澤さんの言葉は、命の終わり方をめぐる議論が日本社会でさらに広がる可能性を示唆している。

*写真を更新しました。

(リンダ・シーグ 翻訳:加藤京子 編集:北松克朗)

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