ドル高の「弱い支柱」、肝心の米賃金が伸び悩み
[東京 1日 ロイター] - 12年半ぶりに125円台に一時乗せ、ドル高が加速しているほどには、米国の実体経済は強くない。肝心の賃金が伸び悩んでいるほか、原油安効果も表面化せず、個人消費の先行きが懸念されている。早期の米利上げ観測もドル高の背景となっているが、米景気回復のスピードが弱ければ、ドル押し上げのパワーも低下しそうだ。
<景気や利上げのカギ握る賃金>
米景気が改善し、金利が上昇、早期利上げ観測が高まる──という展開であれば、素直にドル高となるのだが、「出発点」であるはずの米経済がさえない。住宅や生産などは堅調で、マイナス成長だった1─3月期からの底打ち感も出ているが、当初期待されたほどの力強さは表れていない。
方向感がつかみにくいなかで、エコノミストが注目するのは賃金の動向だ。「米国で消費が伸びて景気や物価が上向くか、さらに米連邦準備理事会(FRB)に踏み切るかどうかも、最終的には賃金がどうなるかがカギを握る」(T&Dアセットマネジメントのチーフエコノミスト、神谷尚志氏)とみられている。
しかし、その賃金動向が依然弱いことで、市場関係者を「モヤモヤ」させている。賃金は遅行指標的な面もあり、これから上昇していくという期待もあるが、足元の関連指標は力強さに欠けたままだ。
米商務省が1日発表した4月の個人所得・消費支出統計では、個人所得は0.4%増で、横ばいだった3月から改善した。市場予想の0.3%増も上回った。だが、中身をみると賃金・給与の伸びは前月比0.2%と小幅。金利・配当収入が同1.2%増加し、約0.2%ポイント分押し上げた格好だ。
米労働統計局が公表する時間当たり賃金のうち、製造業でかつ、管理職を除いた従業員のデータは実態をつかみやすいとして注目度が高いが、前年比での伸び率は低下気味だ。2014年8月の2.5%増から伸び率が低下し始め、2月は1.7%増、3月は1.9%増、4月は1.9%増と2%割れが3カ月連続で続いている。
<利上げペースも緩やかに>
賃金上昇の勢いが鈍いままであれば、消費や物価も伸び悩み、FRBの利上げペースもゆっくりとなる可能性が強まる。
フィッシャー米連邦準備理事会(FRB)副議長は前月25日、金利の正常化には数年を要するとして、利上げ開始時期を過度に重要視することは誤解を招きかねないとの認識を表明。そのうえで、フェデラルファンド(FF)金利について、FRBは2017━18年までに3.25━4%に達すると見込んでいると明らかにした。
この3.25─4%のFFレートについて、市場では「予想よりも高い」(外資系証券トレーダー)との見方が広がり、足元で進むドル高の一要因となったが、市場では下限の3.25%の方に注目すべきとの声もある。
三菱東京UFJ銀行・シニアマーケットエコノミストの鈴木敏之氏は「イエレンFRB議長は今年3月の講演で3.75%、ニューヨーク連銀のダドリー総裁は昨年末の講演で3.5%を示唆していた。3.25%はそれよりも低い。さらに最長2018年までにとしており、今年0.25%上げたとしても、あと3年で1%ずつなら、そう速いペースではない」という。
<ドル高を「おう歌」する他国>
米経済の回復が鈍いことは、他国にとっても看過できない大問題だ。ドル高が進む半面で、日本など米以外の国では通貨安による輸出増や企業業績改善をおう歌している。足元のドル高は、米経済の回復を期待して進んでいるが、米経済の回復のスピードが期待よりも鈍いとなれば、ドル高基調が反転する可能性もある。
一方、このまま米経済が回復しない中でドル高だけが進めば、米国の輸出企業などへのダメージは大きくなり、米景気を下押しする。賃金が伸びなければ、個人消費もいずれ頭打ちになる。米国向け輸出も減速するだろう。米経済がしっかりしていないと困るのは、むしろ米国以外の国かもしれない。
日本から米国への輸出は3月、4月と2カ月連続で2割増と高い伸びを示した。だが、今後に関しては「米新車販売は年1650万台に達しており、1600万台とみられる潜在需要を上回っている。米経済自体はそれほど悪くはないが、自動車など日本が得意とする分野で需要頭打ち感が出ている」(SMBC日興証券・チーフエコノミストの牧野潤一氏)との見方も出ている。
米アトランタ地区連銀の経済予測モデル「GDPナウ」によると、1日時点で4─6月期の米国内総生産(GDP)は0.8%増と見込まれている。0.7%減(改定値)だった1─3月期からのリバウンドとしては弱い。
中国など新興国の景気が減速感を強める中、世界経済をけん引することが期待されている米国。だが、これまでのところ力強さは乏しい。ドル高や株高を支える「支柱」にはもろさもある。
(伊賀大記 編集:田巻一彦)
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