インタビュー:TPP、関税維持なら効果なし=キヤノン戦略研・山下氏

2015年3月9日(月)14時09分

[東京 9日 ロイター] - 環太平洋連携協定(TPP)交渉と農業問題に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、日本の農業にとって関税の撤廃が望ましい選択肢であり、関税を維持した交渉妥結は、日本の消費者と農業生産者の両方にとって良くない結論と述べた。

また、TPPは今年夏場には大枠合意する可能性が高いとの見方も示した。

今月9日から米ハワイで始まるTPP首席交渉官会合では、早期合意を目指して、論点の絞り込みが行われる見通しだ。その行方に大きな影響を与える日米間の交渉では、農産物の市場アクセスが最大の焦点となっている。

山下氏は、関税率引き下げの交渉方針で臨むことが、日本の国益確保にとって重要との立場を強調した。

<関税撤廃なければ、日本に効果なし>

山下氏によると、現状で予想されるシナリオは、主要農産物について関税を維持して、その代わりに輸入枠を拡大する手法。

この点について「日本がやっているのは、いつも名をとって実を捨てる交渉。関税撤廃しても(日本の農業には)何の影響もないのに、関税を維持して、一方で、輸入枠を拡大する。そうすれば米国は(枠拡大という)実を取ることになる」と話す。

TPP交渉に関して、日本は2013年4月に衆参両院の農林水産委員会で、主要農産物5品目(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖)について、「引き続き再生産可能となるよう除外または再協議の対象にすること」「5品目などの聖域の確保を最優先し、それが確保できないと判断した場合は脱退も辞さない」とする決議を採択している。

この決議が、5品目の関税維持を意味すると受けとられているため、交渉を難しくさせている。

大江博TPP首席交渉官代理も3日、海外プレス向けの説明会で、この国会決議があるため、TPP交渉が困難になっていることを強調した。

山下氏は「国会決議に拘束されているという点で、TPP交渉はワーストシナリオになっている。関税を撤廃し、コメの価格を下げて消費者負担を少なくし、農家は直接支払いで保護することが望ましい」と指摘する。

日本では、国内産のコメを保護するため、高関税をかけることで高価格を維持し、その分が消費者負担になっていると同氏は主張している。「TPP反対論者は関税を直接支払に置き換えると膨大な財政負担が必要だと言っているが、これはつまり、今は膨大な消費者負担を強いているということを意味する」という。

日本と異なり、米国や欧州連合(EU)では、財政から直接農家に補助金を交付することで、消費者には低価格で農産物を供給しながら、農家を保護する政策に切り替えている。

高齢化と人口減少が進む日本では、農業を振興させようとすれば、輸出という道が不可欠であり、関税撤廃によって「国際的に高い評価を受けている日本のコメが、価格競争力を持つようになれば、世界市場を開拓できる」と同氏は主張する。

<農協改革とTPP>

2月に農協側が受け入れた、全国農業協同組合中央会(JA全中)の社団法人化を含む政府の農協改革案について、山下氏は「一歩前進」と評価する。これとTPPとの関連について「TPPをアベノミクスの第3の矢の最重要事項と位置付ける安倍政権にとって、TPP反対運動をするJA全中は許しがたいものに映ったのだろう。昨年5月に唐突に農協改革が浮上したことは、TPP交渉と農協改革がリンクしていることをうかがわせる」との見方をしている。

「TPPの障害物だった農協を排除したいということから、農協改革が始まった。改革をやって全中の力をある程度削いだため、TPPでもそれほど反対はできないだろう。もし、反対するなら次の矢があるぞ、ということを(農協側に)見せることができた」という。

今回の改革で見送った准組合員の事業規制などは、農協にとって死活問題であるため、次なる改革の標的を安倍政権から農協側にちらつかせたことは、意味があったとの見方だ。

<交渉妥結は夏場早い段階>

山下氏は、今年夏までにTPP交渉が妥結に至るという大方の見方を支持している。「夏場の早い段階で、TPPは合意すると思う。TPA(米大統領の貿易促進権限)が通ればそんなに遅くない段階で合意するだろう。日米間の合意は、現段階でほとんどできているはず」との見通しを示した。

(宮崎亜巳 編集:田巻一彦)

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