東京五輪は何人分の命の価値があるのか──元CIA工作員が見た経済効果
1984年ロサンゼルス五輪はアメリカのアスリートにスリリングな愛国的勝利をもたらしたが、世界は成功の機会と深刻な銃犯罪が同居するアメリカの現実をよく知っている。
それでも古代ローマのコロシアムから北京の「鳥の巣」まで、国威発揚を目的とする壮麗な見せ物にはあらがい難い魅力がある。
同様に五輪開催国の政府は、必ずと言っていいほど経済効果を強調する。
日本の試算は恐ろしいほど楽観的だ。約3兆円とも言われる投資に対し、直接的な波及効果だけで5兆円。長期的効果は27兆円に上り、194万人の雇用を創出するという。
安倍晋三前首相と菅義偉首相は、何十年も低迷が続く日本経済の活性化を五輪開催に期待した。
だが100年に1度のパンデミックは、その期待を打ち砕きかねない。菅は五輪開催による公衆衛生上のリスクと経済効果を比較検討する必要に迫られている。
日本の五輪投資は、純然たる赤字に終わる可能性がある。
実は、スポーツの試合を行うことにどの程度の経済効果があるかは疑わしい。
プロスポーツチームは、地元に追加の経済生産を生み出さないと言われている。野球観戦する人はスタジアムでホットドッグを買うかもしれないが、もし地元に野球チームがなければ人々はほかの娯楽や外食にその金を使っていただろう。
五輪関連のインフラ投資には経済効果があるとしても、開催国はそれと引き換えに、長年にわたり莫大な債務を抱える場合が多い。それよりは、国民全体のためのインフラ整備に投資するほうが効率的だ。
1976年に夏季五輪を開催したカナダのモントリオールは、五輪関連の負債を返済するまでに30年を要した。結局、五輪が残した競技場などの施設はあまり活用されず、莫大なコストばかりが垂れ流された。
幸い、日本はこれまで新型コロナの打撃が比較的小規模に抑えられている。人口100万人当たりの死者数は100人余り。1800人を上回っているアメリカに比べれば、はるかに少ない。
しかし、五輪が開催されれば大勢の人が東京を訪れて競技場や飲食店に集まる。一方、本稿執筆時点で日本のワクチン接種の完了率は3%余りにとどまっている。
人が集まるとウイルスの感染が拡大するという点で、疫学専門家の意見は一致している。
コロナ禍の長期化に伴い、既に日本の医療は逼迫していて、五輪開催によって感染が拡大すれば「医療崩壊」に陥ると、東京都医師会は警鐘を鳴らしてきた。東京五輪をきっかけに「オリンピック株」とでも呼ぶべき新たな変異株が生まれかねないと恐れる専門家もいる。