駅の「南北理論」が通用しなくなった東京
今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ
〔2月18日号掲載〕
初めて東京にやって来たとき、新しくて複雑な環境を理解するために自分なりの理論をいくつか編み出した。その中の1つが、どの駅も南口には個性的で気取りがなくて、少しごちゃごちゃした古い日本が息づいているというもの。一方の北口にはデパートやバスロータリーがあり、モダンで小ぎれいな日本が広がっている──。
この理論は大抵当てはまったが、完璧ではなかった。何年もの間、私は持論にしがみついて、歌舞伎町は新宿駅の南側だと言い張った(本当は北東なのに)。東京駅の場合は、南のほうへずっと歩いて行ってスナックや焼き鳥の屋台、雀荘が現れるまで高層ビル群は見えないことにした。この理論が気に入った私は、どの駅でも北側と南側に行けば、東京のまったく違う2つの顔に出合えると信じていた。
しかしやがて、私が以前利用していた戸塚と品川の駅の雑然とした南側にまで、しゃれたショッピングモールや整然とした歩道橋が出現。渋々ながら「駅の南北理論」を諦める時が来た。
最後のとりでは中央線沿線にある自宅の最寄り駅だった。電車を降りると私はいつも、こぢんまりしたバーや家庭的な喫茶店、野菜をあふれんばかりに並べた青果店がある南側に向かった。小道が交錯し、お香や灯油のにおいが漂う南口。広い道路が大学のキャンパスや高層マンションに続く北側には、めったに行ったことがなかった。
ところが最近、他の多くの駅と同じように周囲の環境が「アップグレード」されてしまった。50年代から変わらずそこにあったような雑草やさび、薄暗い雰囲気は消えた。代わりに姿を現したのはこうこうとした照明や真新しい店舗、広い歩道だ。高架下のモールとくだらない噴水を造るのに数年が費やされた。オープニングの日には店舗案内図が配られ、人々が列を成して開店を待っていた。
とても自分の駅に降り立った気分になれない私は足早に通り過ぎた。駅から自宅への道のりは、素朴だった昔の東京にタイムスリップするような感覚だったのに......。今では駅を降りるとすぐに、企業のマーケティング担当がプレゼンする会議室に入り込むような感じだ。
古い東京を過度に美化したいわけではない。年月を経たビルは危険だし空調も悪いし、見た目もそんなに良くない。東京の狭い空間を効率よく使うことも重要だ。私だって疲れているときは駅の新しいエスカレーターをありがたいと思う。
■どの店も壁紙にしか見えない
それでも、機能的なだけの空港ラウンジみたいな街に変えたりせずに再開発する方法はあるはずだ。どの駅のどの店も似たり寄ったりのデザインだから、自分がどこにいるか分からなくなる。私が気に入らないのは、こうした店には「味」がないこと。大企業がつくるショップはなぜこうも個性がないのか。私には、どれもただの壁紙にしか見えない。
そこで新しい理論を思い付いた。東京の地上1階はそのうちすべてチェーン店やパチンコ店、ショッピングモールに乗っ取られる。そして地元に根付いた小さな商店は狭い場所に追いやられ、いずれ新しいビルの片隅に移されるか、完全に消されてしまう──。
もちろんこの理論にも限界があるから、やっぱり捨てるしかない。小売り大手が触手を伸ばしているのは駅の周辺に限られている。彼らの手が届かない場所には、まだ素朴で温かみのある古い東京が残っているからだ。
自宅の最寄り駅近くにある入り組んだ小道、床がぎとぎとしたラーメン屋、ジャズを流すワインバーはやがてもっと遠くに引っ越してしまうかもしれない。でも今はまだそこに存在しているし、これからも永遠に存在する。これだけは私が絶対に捨てたくない理論だ。
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