仏紙の風刺画は被災者を傷つけたか
今週のコラムニスト:レジス・アルノー
〔10月8日号掲載〕
2020年東京五輪が決まった直後、フランスの週刊紙カナール・アンシェネが日本で五輪が開催されることを皮肉った風刺画を掲載した。福島第一原発の放射能汚染で手や足が3本になった力士が相撲を取る漫画だ。これを受けて、菅義偉官房長官は「東日本大震災で被災した方々の気持ちを傷つける。汚染水問題について誤った印象を与える不適切な報道だ」と述べ、この風刺画に対し公式に抗議した。
フランスのメディアが日本政府の怒りを買うのはこれが初めてではない。昨年10月にもフランスのテレビ番組が福島原発事故に関連する同様のジョークを放送し、物議を醸した。
フランスには長い風刺の歴史がある。1881年の出版自由法以来、フランスでは滑稽でひどく残酷な風刺画が発達してきた。誰かの悲劇や苦境をからかうのも表現の自由の一部と考えられている。権力者を皮肉るだけにとどまらず、障害者など弱者までもブラックユーモアのネタにされる。
80年代にはエチオピアの飢饉の悲惨な映像が盛んに報道されたが、フランスでは当時この問題に関する無数のジョークが語られた。例えば「フランスとエチオピアのエレベーターの違いは? フランスではエレベーターに『定員4名・総重量320キロまで』と表示されているが、エチオピアでは、『定員320人・総重量4キロまで』となっている」などだ。
だがここで攻撃されているのは、飢餓の惨状であって人々ではない。だから、こうしたジョークに対する批判の声は、フランス国内ではまったくなかった。風刺は不可侵の権利である。事実、カナール・アンシェネはフランスで最も信頼され、最も販売部数の多い週刊紙だ。
同紙の歴史は第一次大戦中、前線からの悪いニュースを検閲する政府への抗議から始まった。以来、調査報道と過激な漫画で無数の腐敗を暴いてきた。
今回の汚染水の風刺画に不快感を覚えた日本人は多いだろう。原発事故の被害者が差別の目で見られかねないことを知っているからだ。事故発生後も現場に残った作業員、いわゆる「フクシマ50」の名前は、家族が差別される恐れがあるために公表されていない。
同紙に言わせると、あの風刺画は被災者をコケにしたのではないという。
カナール・アンシェネは次の号で、日本政府による抗議をこのように説明して皮肉った。
「本誌の読者50万人のうち日本人読者は51人だ。われわれが誰の感情を害したというのか? あの風刺画の標的は誰だったか? 原発事故の犠牲者か、それとも放射能汚染を引き起こした企業と政府か。赤十字が、飢餓で死にかけた黒人の子供の写真を発表するとき、それは子供をさらしものにするためか。それとも子供の悲惨な状況に対する世間の無関心を訴えるためか」
■原発の危うさを伝えるため
福島原発の事故は漫画が引き起こしたものではない。自然災害と、今日まで続く政府の対応の悪さだ。安倍晋三首相が福島の状況は「コントロールされている」と発言してから間もなく、東京電力は「コントロールされていない」とコメントした。このような軽々しい言動をもとに、私たちジャーナリストはどんな記事を書けばいいというのか?
数カ月前、フランスに3年間駐在していた日本の外務官僚と話す機会があった。彼は、東京ではカナール・アンシェネが読めないことを残念がっていた。「日本にもああいう週刊紙があればいいのに。福島以来、日本にはまじめだけど容赦ない風刺の効いた新聞が必要だ」
彼は今回の風刺画を問題視していない。あの漫画が福島の人を笑いものにするためではなく、原子力の危うさを伝えるためのものだと知っているからだ。
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