人間のバグを直して死を治療する「生命延長」技術

2014年10月29日(水)18時19分
瀧口範子

 シリコンバレーで今、徐々に注目度が上がっている新領域は「生命延長」技術である。

 スマホもタブレットもクラウドもIoT(インターネット・オブ・シングズ)もウェアラブルもシェア・エコノミーもすべてに手をつけ、その行き着く先が早くも見えてしまったところで、シリコンバレーのテクノロジー関係者は、生命という究極の領域に目を向け始めたようなのである。それらは、「アンチ・エイジング」、「生命延長」、「死の治療」などといろいろな名前で呼ばれているのだが、要はどうやって死なずにいられるか、ということへの関心だ。

 その中心にいるのは、グーグルのトップたち。そうでなくてもグーグルは、超未来的な研究へ投資してきたが、昨年傘下企業として創設したカリコ・ラボは、まさに老化をストップさせる技術を開発することが目的。遺伝子操作によって昆虫やネズミの平均寿命を延ばすことに成功した研究者などが関わっている。同社は現在、ステルス・モード(秘密裏)で研究を行っている。

 グーグルにはまた、レイ・カーツワイルがいる。カーツワイルはグーグルのAI(人工知能)技術開発に深く関わっているが、ずいぶん前から「シンギュラリティー」という概念を提唱してきた人物。シンギュラリティーとは、コンピューター技術や科学が発展していけば、ある時点で人間はその能力を爆発的に拡大することができるという説で、その中には知性、生命も含まれている。現在の人間に弱みや制限を加えている心をサイバースペースへ移行してしまえば、人間は永遠に生きられると見る。

 それが具体的にどういったかたちで起こるのかはよくわからないのだが、カーツワイル自身は、毎日150種類ものビタミン剤を飲み、エキササイズをし、動脈硬化の兆候がないかを頻繁にスキャンしているという。こうして、まずはバイオテクノロジーが人間から病を消し、次にマイクロロボットが体内に住み込んで人間の免疫力を高めるようになる日まで、生き延びることを望んでいるのだそうだ。彼は、現在人間に搭載されているソフトウエアが旧式だから、人は老化して死ぬと考えている。

 世界初のゲノム解読を行ったクレッグ・ヴェンターも、現在ビッグデータ手法と遺伝子情報を用いて病気の原因を探り、ひいては寿命を延長する技術を開発しようとしている。

 ペイパル創業メンバーのひとりで、現在は投資家のピーター・シールもいくつもの生命延長に関わる企業や組織に資金を投入している。変わり者で知られるシールだが、同じようなことに熱意を抱く他のビリオネア・テクノロジー関係者の中にあっては、もう普通という感じだ。

 聞くところによると、自分が死亡した後に身体(あるいは頭部)を保存しておき、未来のしかるべき時期がやってきたら再生してもらうというサービスに、多額の料金を払って加入している人々もいるらしい。テクノロジー業界のビリオネアの間では高額な宇宙旅行も人気だが、生命を操作する特権も金持ちのものかと、市井の人間には見えてしまう。

 そうではなくとも、なぜ彼らはこれほどに生命延長にこだわるのか。

 ひとつは、負けず嫌い。死ぬことは負けだから、いつまでも生きて勝ち続けるという意識はきっとあるはずだ。もうひとつは、もちろん技術への信頼感や科学的思考方法が影響を与えている。彼らは、身体のソフトウェアのバグを見つければ、死が治療できると考えているのだ。

 意地悪な目で見れば、大成功を収めた人間にありがちな自己肥大もあるかもしれない。数100年前には考えもつかなかったコンピューターやインターネットを実現させた今、彼らの目には不可能なものなど何もないのだ。生命という限界すら問題ではない。

 本当に生命延長が実現すれば、社会も宗教も含め、あらゆることが激変するだろう。われわれも、病気や老化を防ぐ技術の恩恵を受けられるのならば悪いことではない。けれども、デバイスの世界では、アップル、グーグル、マイクロソフト等開発者によってオペレーティング・システム(OS)が分かれてしまい、相互互換性が制限されてしまった。未来の身体は何らかのテクノロジーを内包することになるだろうけれども、人間に搭載するソフトウエアでは、そんな分化は起こって欲しくないところだ。

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