ピケティ的な格差は日本でも拡大するか

2014年12月10日(水)21時39分
池田信夫

 世界中でベストセラーになったトマ・ピケティの『21世紀の資本』が、日本でも発売された。この本の最大の特徴は、資本蓄積によって資本家と労働者の格差が拡大するという事実を過去200年以上のデータにもとづいて明らかにしたことだが、異論も多い。

 特に最上位0.1%の大富豪の年収は、アメリカでは1億5000万円以上なのに対して、日本では3300万円以上だ。日本の格差はアメリカのように上位1%と残り99%ではなく、正社員と非正社員の格差である。

 総務省の調査によれば、2013年の非正社員の比率は38.2%で、これは20年前の2倍以上だ。非正社員の時給は正社員の約6割なので、これが増えると平均賃金は下がる。図のように年収300万円以下の労働者の比率は40%を超え、200万円以下の貧困層が25%近い。

階層別の給与所得者数(出所:国税庁「民間給与実態統計調査」)

 その一つの原因は、ピケティも指摘するテクノロジーの変化である。今まで高い賃金をもらっていたホワイトカラーの事務労働がコンピュータに代替され、パートや契約社員でもできるようになった。この結果、コンピュータの技術を開発するソフトウェア技術者などの賃金が上がる一方、単純労働者の賃金が下がったのだ。
 
 もう一つの原因は、ピケティがあまりふれていないグローバル化である。世界全体をみると、格差は劇的に縮小している。1970年から2006年にかけて世界の貧困率は80%下がり、所得が1日1ドル以下の絶対的貧困者も60%減って1億5000万人になった。これは新興国、特に中国が工業化したためだ。
 
 しかしグローバル化で正社員の多い製造業が拠点を海外に移す一方、国内ではサービス業の短期雇用が増えた。このため、製造業の単純労働者の賃金は新興国に引き寄せられて下がり、国内格差が広がっているのだ。
 
 先進国では単純労働者の賃金が新興国に近づくので、知識労働者との国内格差が拡大する。特に日本では、中国との賃金(単位労働コスト)の差が2倍以上あるため、実質賃金の低下が続いている。日銀の「異次元緩和」で物価が上がったため、実質賃金(賃金/物価)は下がった。おまけにドルが2年間で50%も上がったので、大企業の収益は上がったが、流通などの中小企業の経営は悪化し、格差が拡大した。

 このように日本では、貧しい人がますます貧しくなる格差が拡大している。豊かな人がさらに豊かになる格差は、必ずしも否定すべきではない。資本家がリスクを取って投資すれば経済が活性化し、労働者も豊かになるからだ。しかし貧しい人がもっと貧しくなる格差は、誰にとっても望ましくない。

 かといって非正社員を規制しても、この格差は縮まらない。民主党政権で派遣労働の規制が強化されたが、その結果、派遣労働者が減って、もっと身分の不安定なパート・アルバイトが増えた。経済全体が豊かにならないと、労働者を豊かにすることもできないのだ。

 日本で問題なのは、ピケティのいうような資本家と労働者の格差ではなく、むしろ資本収益率が下がり、欧米の半分以下になったことだ。このため銀行も企業に融資せず、国債を買っている。企業は投資しないで貯蓄しているので、資本家と労働者の格差は拡大しないが、成長率は低下する。

 普通はこのようにキャッシュフローを浪費していると株価が下がり、企業買収のターゲットになるが、日本では持ち合いなどによって買収が不可能になっているので、経営者が保身のために企業貯蓄を増やしている。アメリカではリーマン・ショック以降、自社株買いで資本効率が上がって経済が回復してきたが、日本では余剰資本が企業貯蓄として「埋蔵金」になっている。

 日本ではピケティのいうような格差は拡大していないが、経済が減速して貧困層がますます貧困化する。これを解決するには埋蔵金を優遇する租税特別措置を廃止し、買収防衛策を規制するなど、資本市場を活性化する必要がある。幸い円安で日本企業は「お買い得」になったので、海外資本による日本企業の買収を促進すべきだ。

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