「デフレ脱却」で貧しい労働者がさらに貧しくなる
政府は10月の月例経済報告で、基調判断を「このところ弱さがみられる」と下方修正した。今年4~6月期の実質成長率は年率-7.1%だったが、7~9月期の成長率もその半分程度しか戻さず、通年ではゼロ成長に近い状態になる見通しが強まっているが、雇用情勢は改善している。8月の完全失業率は3.5%、有効求人倍率は1.1で、22年ぶりの高い水準が続いている。
普通は不況になると、まず雇用に影響が出るものだが、日本の特徴はきわめて低い失業率が続いていることだ。その最大の原因は、皮肉なことだが、アベノミクスによる「デフレ脱却」である。
図1でもわかるように、民主党政権の時代に5%以上に上がった失業率が、安倍政権になってから下がった。その最大の原因は、実質賃金の低下である。特に昨年なかばから実質賃金(名目賃金/物価指数)が大きく下がったあと、昨年末から失業率が下がった。実質賃金が下がった最大の原因は、物価が上がったことだ。
これがデフレ脱却の目的である。内閣官房参与の浜田宏一氏も明言するように「名目賃金は上がらないほうがよい」のだ。賃金は労働サービスの価格だから、すべての市場価格と同じように、価格が下がると労働需要(雇用)は増える。これがインフレで景気を回復させるメカニズムだ。
しかしこういうメカニズムは短期的なもので、いずれは労働需給が飽和し、賃金上昇に転じるはずだ。名目賃金はプラスになり始めたが、実質ベースでは依然として下がっている。その原因は、日本の労働生産性が下がったからだ。長期的には実質賃金は労働生産性(付加価値/従業員数)で決まるが、図2のように日本の労働生産性は2000年代に入って下がっている。
この最大の原因は、労働生産性の高い製造業の海外移転が進み、生産性の低い非製造業の比重が高まったからだ。特に日本の建設業は公共事業に依存し、流通・小売り業は零細で効率が悪く、雇用の増えている介護は規制が過剰だ。おまけに労働人口は毎年1%近く減っている。こういう供給制約がボトルネックになって、成長をさまたげているのだ。
だから労働市場を流動化して、労働生産性の低い企業から高い企業への雇用移転を促進する必要があるが、厚労省は一貫して正社員の既得権を守り、流動化を阻害してきた。今国会の焦点になっている労働者派遣法改正案は、今まで専門職を除いて3年に限定されている派遣期間を無期限にするものだが、個人の雇用契約は3年で打ち切られる。
これに対して民主党は「派遣を無期限にするのは改悪だ」といっているが、これは逆である。派遣労働の供給を増やせば、労働移動が進んで生産性は上がり、長期的には賃金も上がる。むしろ今は無期限に働ける専門職が3年で契約を打ち切られることが問題なのだ。ところが野党は労働組合の反発を恐れ、正社員の既得権をおびやかす派遣労働者を減らすために今の規制を続けるように求めている。
日本の製造業が「空洞化」して非製造業の比率が高まると、労働生産性が低下することは避けられない。おまけに単純労働者の賃金は新興国に近づくので、長期的にはまだ下がるだろう。これが80年代以降のアメリカに起こったことで、日本との競争に負けた製造業の労働者がレイオフされ、低賃金の流通業などに再就職して賃金を切り下げた。
だから国際競争力を維持する上で賃下げは避けられないが、労働生産性が上がらないと、非正社員がますます貧困化するだけに終わる。付加価値の高い仕事を創造するとともに、情報技術で事務職の効率を上げて労働生産性を上げ、労働市場を流動化する改革が急務である。
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