STAP細胞事件と朝日新聞誤報事件に学ぶ「だめな危機管理」
理化学研究所のSTAP細胞についての検証実験の中間報告が行なわれた。これまでの22回の実験では、STAP細胞はできなかったという。では小保方晴子氏が記者会見で「200回できた」と言っていたのは、何だったのだろうか。これについて検証実験を行なった丹羽仁史氏は「自家蛍光だったのではないか」と推定している。
体細胞に酸性の液などの強い刺激を与えると、細胞が死ぬ前に一時的な変化が起こり、光を当てたとき発光する場合がある。これは多能性細胞のできたときと似ているので、小保方氏がSTAP細胞と誤認した可能性があるというのだ。この推定は未確認だが、もしそうだとすると、こんな初歩的な誤認がなぜ今まで発見できなかったのかが問題になる。
同じような問題は、いま集中砲火を浴びている朝日新聞の慰安婦問題をめぐる誤報事件と似ている。この場合も慰安婦を「女子挺身隊」という軍需工場に勤労動員する制度と取り違える初歩的なミスが、30年以上も放置された。両者に共通するのは、次のような危機管理の失敗だ。
(1)最初は事実誤認から始まる:強い刺激で細胞が死ぬとき自家蛍光が出るのはありふれたノイズだが、小保方氏のように思い込みの強い人には、それを自分の求めるものが確認されたと思う確証バイアスがある。朝日新聞の植村隆記者も、義母(韓国の支援団体の幹部)から情報を得て「挺身隊」と思い込んだ可能性が強い。
(2)裏を取る過程で捏造する:しかし自家蛍光のデータでは論文は書けないので、行き詰まる。このため小保方氏が、別のES細胞(胚性幹細胞)をSTAP細胞と偽った疑いがある。その入手経路は不明だが、理研の調査では若山研究室のES細胞とDNAが同一だったという。植村記者も、元慰安婦の録音テープの「キーセンとして売られた」という部分を落として「強制連行」と書いた。
(3)管理者が「善意」を信じる:STAP細胞については、初期に「ES細胞のデータではないか」という指摘が理研の内部からもあった。このとき理研が小保方氏の研究室にあったES細胞の証拠を保全して査問すれば、彼女は自供したかもしれないが、理研が「再現実験」をして混乱が拡大した。朝日のケースも、1992年4月に『文藝春秋』で指摘され、編集幹部は誤報に気づいたはずだが、「強制性はある」と変更して主張を維持した。
(4)捏造データが共有される:STAP細胞もES細胞も見た目は似ているので、小保方氏の捏造データを理研の中で共有し、間違いが拡大再生産された。朝日の場合も、韓国語のできる植村氏が「キーセン」の部分を落として訳した録音記録を、大阪社会部が共有して「強制連行」の記事をその後も書いたと思われる。
1はよくあることで、事件の情報の多くはガセネタだ。これは2の段階の事実確認をすれば除去できるが、そこで担当者が情報を意識的に改竄することを普通は想定していない。そんなことをしても、普通は追試や他の情報源で嘘がばれるからだ。しかしSTAP細胞の場合は「何回もやれば誰かが再現できるだろう」と考え、朝日の場合は「戦時中のことだから嘘はばれない」と考えたものと思われる。
だから「おかしいな」と思ったら、3が大事だ。担当者の善意を信じないで、第三者が一次情報をチェックすることが鉄則だ。STAP細胞の場合は、ES細胞からつくったデータには体細胞からできた痕跡(TCR再構成)が見られない。朝日のケースでは、デスクが1991年12月の訴状(キーセンと書かれている)を読むだけで植村記者の嘘はわかったはずだ。
もう一つの落とし穴は4だ。STAP細胞の場合も、肝心の細胞をつくる過程を小保方氏以外の共著者が誰も見ていなかった。普通は実験や録音などの原データは担当者以外は見ないので、そこで捏造が行なわれると、組織全体が情報汚染に陥る。かといって、管理者がすべての原データをチェックしていたら、仕事の大部分が監査になってしまう。
このような情報の非対称性は、分業体制で仕事を行なうときは必ず起こるもので、原理的にゼロにはできない。すべての情報を管理者が知っていれば、分業は必要ないからだ。必要なのは嘘を100%予防することではなく、それを発見したら厳格に処罰して再発を防ぐことだ。嘘が発見されたら職を失うリスクがあれば、普通は嘘をつかない。この点で、小保方氏の身分を守っている理研も、植村記者を早期退職させた朝日新聞も失格である。
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