石油ショックは再来するか
「石油ショック」といっても、もう歴史上の出来事としてしか知らない人が多いかもしれない。これは1973年10月に起こった第4次中東戦争にともなって、石油輸出国機構 (OPEC)が原油価格を1バレル3ドルから5.1ドルに引き上げたことが発端で、その後、1974年には11.5ドルになった。
これが世界経済に大きな衝撃を与え、1973年から75年にかけて日本の消費者物価指数は45%も上昇する「狂乱物価」になった。いま思えばこれは奇妙な話で、石油の物価指数に占める比重はたかだか数%だから、それが4倍になっても物価が1.5倍になるはずがない。
狂乱物価の原因は、過剰流動性だった。日銀は1971年からマネタリーベースを40%以上増やして物価を10%近く上昇させており、これは「ニクソン・ショック」後の円高を抑えるための「調整インフレ」だった。こうした金余りの中で「トイレットペーパーがなくなる」とか「商社が買い占めしている」といった噂がパニックを呼び、異常なインフレが起こったのだ。
つまり狂乱物価の主犯はOPECではなく、日銀だったのだ。今回の過剰流動性は1973年をはるかに上回るが、今のところはインフレ率は2%以内だ。しかし危険なのは、40年前と同じ供給ショックが来ることだ。民間調査機関の推定では、4~6月期の実質GDP成長率は年率7~8%の減少と、リーマン・ショック以来の大きな落ち込みである。
これは単なる消費増税の駆け込み需要の反動ではない(1997年の増税のときは4~6月の成長率は年率+1.5%だった)。エネルギー価格の上昇(ここ5年で原油価格は2.5倍)がきいてきたのだ。今年に入ってから鉱工業生産指数は半年で7%以上落ち込み、貿易赤字は半期で7.6兆円と史上最大になった。
この最大の原因は、原発停止にともなうLNG(液化天然ガス)の輸入増である。図の輸入額(左軸)は2010年の3.5兆円から今年は7.1兆円に増え、今年は前半のペースだと7.8兆円に増えると予想される。これは半期の貿易赤字にほぼ匹敵し、2010年との差額4.3兆円が原発停止にともなう損失である。
これに対して「輸入量は25%しか増えていない」という話があるが、では輸入額はなぜ120%も増えたのだろうか。このうちドル高の効果は25%なので、残りの95%がLNG価格の上昇だ。ところが原油価格は、2011年から15%しか上がっていない。LNG価格が大幅に上がった原因は、原発を止められた電力会社がスポットで買いに行ったためだ。足元を見られて、日本だけ高く買わされたためだ。
したがってLNG価格の上昇率95%から原油価格の上昇率を引いた80%(年2.8兆円)が、原発停止によるネットの損失である。これが日本のGDPを0.5%以上低下させ、企業のコストを上昇させている。このまま電気料金が震災前の60%も上がると、日本から製造業は出て行くだろう。
2000年代に入ってから、日本の交易条件(輸出/輸入価格比率)は50%近く下がった。これは新興国の成長でエネルギーや農産物などの第一次産品の価格が上がる一方で、日本製品の国際競争力が新興国との競争で低下したためだ。このため円安で製品輸出が増えず、エネルギー輸入額が上がって貿易赤字が増えたのだ。
こうした供給力低下とコスト上昇の圧力が、大幅なGDPの低下になって出てきた。消費支出も大幅に落ち込み、日経平均株価は今週に入って5日続落した。このままでは、リーマン・ショックのようなパニックが起こるおそれもある。
石油ショックの教訓は、供給ショックが起こったとき需要を追加してはいけないということだ。1970年代に欧米では、インフレで失業率が上がったため、財政・金融政策で総需要を拡大したが、それがかえってインフレを加速して、長期にわたるスタグフレーション(インフレと不況の同時進行)が続いた。
日本では日銀が過剰流動性を回収し、1979年の第2次石油危機では引き締めたため、欧米ほどひどいスタグフレーションにはならなかった。今回も2%のインフレ目標にはこだわらないで、日銀がコストプッシュ・インフレを抑制する必要がある。特にインフレが金利上昇(国債価格の崩壊)をまねくと、金融危機が起こるおそれがある。
日銀の黒田総裁は最近「日本経済の供給力が低下している」と発言しており、こうした情勢の変化を理解していると思われるが、政治家が「増税の悪影響だ」と騒いで大型補正予算を組むのが心配だ。大事なのは需要の追加ではなく、供給のボトルネックになっている原発の正常化である。
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