21世紀にマルクスはよみがえるか
今アメリカで、マルクスがブームになっている。『21世紀の資本論』と題する700ページ近い専門書がアマゾン・ドットコムのベストセラー第1位になり、フランス人の著者トマ・ピケティがワシントンにやって来ると、ロック・スター並みの聴衆が集まった。
保守派は「マルクスの本がベストセラーになるのは、アメリカの歴史はじまって以来の危機だ」と警戒し、リベラル派の経済学者、ポール・クルーグマンは「ピケティは不平等の統一場理論を発見した」と絶賛した。それはこの本がマルクスと同じく、世界で所得分配の不平等が拡大している事実を明らかにし、その原因が資本主義にあると主張しているからだ。
1970年から2010年までにアメリカの賃金の中央値(メディアン)はほとんど同じだが、上位1%の人々の所得は165%増え、GDP(国内総生産)の20%を超えた。このような格差の拡大は一時的な問題だと思われ、戦後ずっと多くの国で所得分配は平等化しているとされてきたが、ピケティのチームは過去300年の各国の税務資料を調査した結果、戦後の一時期を除いて格差は拡大してきたという事実を明らかにした。
次の図のように、不平等度(資本収益の所得に対する比率)は、ヨーロッパでは20世紀の初めには今のアメリカと同じぐらい高かった。それが1910年以降、下がったのは、二度の世界大戦と大恐慌で資本が破壊されたためだ。特に海外投資が植民地の独立によって失われたため、戦後ヨーロッパの資本分配率は下がり、アメリカより平等になった。70年代までの平等化の時代は例外だったのだ。
出所:"Capital in the Twenty-First Century"
ピケティはこの原因を資本蓄積の増加に求め、次のような資本主義の根本的矛盾を示す:gを成長率、rを資本/所得比率とすると、r>gとなると資本収益のシェアが高まる。それを投資することで資本蓄積が増えて資本分配率が上がり、さらに不平等化が進む。
世界の歴史を通じてrはおおむねgより大きいが、税引き後でみると両大戦の時期だけr<gになっている。ヨーロッパではアメリカほど資本蓄積が進まなかったので、分配は平等で戦後の成長率は高かった。資本収益率が成長率より低いと、分配は平等化して成長率は高まる。
戦争に負けて資本が破壊された日本とドイツの成長率が高かったのも、資本ストックが英米の水準に追いつく過程と考えれば不思議な現象ではない。日本の場合は、一人あたりGDPがイギリスに追いついた段階で成長が止まり、90年代にバブルが崩壊した。それ以降、新興国の参入で世界の成長率が上がったが、これも資本蓄積が進むにつれて逆転し、不平等化が進むだろう。
このような資本過剰は、人口が減少して成長率の下がる国でもっとも顕著にあらわれる。その例が日本である。第二次大戦後、欧米の水準にキャッチアップする過程ではg>rだったが、80年代に逆転した。90年代にはバブル崩壊で成長が止まり、r>gになって企業の貯蓄超過が起こり、賃金が下がった。
このような所得格差を経済学では「労働生産性の差が所得格差になる」と説明してきたが、ピケティも指摘するように、これは単純労働にしか当てはまらない。ルパート・マードックが年収2500万ドルもらっているのは、彼が平均的な労働者の1000倍働いているからではなく、彼が自分の所得を自分で決めることができるからで、その子の所得が高いのは親の財産を相続できるからだ。
日本では、別の形で資本過剰による不平等が拡大している。2000年代に入って名目賃金が下がり続け、非正社員の比率が労働者の4割に近づく一方、企業は貯蓄超過になっている。余剰資金は資本家にも労働者にも還元されないで、経営者の手元現金(利益剰余金)になっているのだ。資金を借りて事業を行なうための企業が、リスクを取らないで貯蓄していることが日本経済の萎縮する原因であり、デフレはその結果にすぎない。
では、この格差を是正するにはどうすればいいのか。フランス社会党員であるピケティは「グローバルな資本課税」を提言するが、これに賛成する人はほとんどいない。先進国が一致して増税することは政治的に不可能であり、望ましくもない。しかし課税の中心を所得から富に移し、その課税ベースを広げるべきだという彼の主張は合理的である。
マルクスの『資本論』がドイツで1867年に自費出版されたとき、1000部売れるのに5年かかり、英訳されるのに20年かかった。その本が20世紀の歴史を(よくも悪くも)変える絶大な影響力をもったことを考えると、21世紀の『資本論』が全米ベストセラーになったことは、大きな意味をもつかもしれない。
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