STAP細胞事件から見えてきた現代の科学研究の死角

2014年3月12日(水)15時24分
池田信夫

 理化学研究所の小保方晴子氏などのチームが発見したとされる「STAP細胞」について、多くの疑惑が出ている。"Nature"に発表された論文の共著者である山梨大学の若山照彦教授が論文の撤回を呼びかけ、理研は撤回を検討し始めた。まだ本人から説明がないので事実関係が確認できないが、論文に重大な欠陥があることは明らかだ。

 STAP細胞は、体細胞に弱酸性の液などの「刺激」を与えるだけで初期化され、幹細胞(すべての体細胞に分化できる細胞)になるという驚くべき発見である。幹細胞は受精卵の中にある初期の細胞で、それが分化していろいろな体細胞になるが、特定の部位に分化した体細胞は他の体細胞にはならない。

 体細胞から幹細胞をつくって同じ個体を複製するクローンの技術は、1990年代から進んできた。今まで受精卵の胚細胞から幹細胞をつくるES細胞や遺伝子組み換えで幹細胞をつくるiPS細胞はあるが、普通の体細胞を刺激するだけで幹細胞になるとすれば、再生医学などへの応用が広がるとして注目された。

 ところが、その論文で証拠とされている写真が、小保方氏の博士論文などからコピーされたまったく別の細胞であることが指摘され、実験データの一部も他人の論文の丸ごとコピーであることが判明した。これらについては若山氏も理研も認めている。

 さらに深刻なのは、Nature論文が発表された1月29日から6週間たっても、全世界で行なわれた追試で、STAP細胞が再現できたという報告が1例もないことだ。理研で小保方氏らの行なった追試でさえ、STAP細胞からつくったはずの幹細胞に、その証拠(T細胞受容体遺伝子の組み換え)が見つからない。

 多くの研究者から「STAP細胞は本当に存在するのか」という疑問が相次いだが、理研は「写真やデータにミスはあったが論文の根幹はゆるがない」という説明を繰り返し、小保方氏は普通に出勤して「再現実験」をやっていた。しかし写真の改竄や実験データの丸ごとコピーが「単純ミス」とは考えられない。

 ここに今回の事件の原因が暗示されている。科学の世界は、基本的に性善説である。特に多くの研究者が分業して研究を行なう場合は、誰かがデータを捏造しても、他の研究者は元のデータを確認できない。若山氏はSTAP細胞から幹細胞を複製する役割だったので、「小保方氏から受け取った細胞がSTAP細胞かどうかは知らない」という。

 実験方法が公開されていれば他の研究機関で追試が行なわれるが、再現できなくても「自分の実験装置が不十分なのだろう」とあきらめることが多い。ベル研究所の論文捏造事件では、偽造されたデータをもとにして20人の共著者が63本も論文を書き、データがすべて捏造だと判明するまでに3年かかった。

 ちょっとした研究なら、疑問があっても放置される。小保方氏が2010年に早稲田大学に提出した博士論文には、20ページ以上にわたって別の論文の丸ごとコピーがあり、参考文献も無関係な論文のコピーであることが指摘されたが、今まで誰も気づかなかった。

 彼女は同様の研究成果を今まで何度も発表しており、一度も問題にはならなかった。この分野は国際競争が激しいので、本人は「とりあえず早めに発表して後から確認しよう」と考えたのかも知れない。同時に特許も出願しており、成果をアピールして「特定国立研究開発法人」になろうという理研の戦略もあったのではないか。

 ところが権威あるNatureに掲載されたため、過去の論文との類似が世界のソーシャルメディアで検索された。今回の事件の発端になったのは海外の査読サイトの指摘で、日本でもまとめサイトが第一報を出し、マスメディアがそれを追いかけている。

 もちろん最終的に捏造が確認されたら、学者生命を失う。それは彼女の自己責任だが、ここまで問題に気づかなかった理研と早大の罪は重い(特に本文と参照文献がリンクしていないのは査読で気づくはずだ)。データの捏造をすべてチェックすることは困難なので、今後の教訓にするためにも彼女を徹底的に査問し、きびしく制裁すべきだ。

 このような論文捏造は海外ではよくあり、日本の管理体制は甘かった。いま指摘されている疑惑が事実だとすれば、小保方氏は理研を解雇されて博士号も剥奪されるだろう。性善説を捨てて信賞必罰を徹底し、情報管理体制を整備することが、同様の事件の再発を防ぐために不可欠である。

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