日本は「美しく老いる」ことができるか
円安の中で、なぜか貿易赤字が拡大している。財務省が20日に発表した10月の貿易統計速報によると、貿易収支は1兆907億円の赤字で、10月としては過去最大で、16ヶ月連続の赤字になった。
その最大の原因は、原発停止による化石燃料の輸入だが、もっと深刻なのは半導体など電子部品の輸入が前年比50.8%も増えたことだ。輸出も5.1%増えたので、まだ辛うじて黒字だが、このペースで輸入が急増すると純輸入に転じる日は近い。電気機器全体でも、輸出の1兆90億円に対して輸入は9708億円とまだ黒字だが、赤字になるのは時間の問題だろう。
1年前に自民党の安倍総裁は「日銀が輪転機をぐるぐる回してインフレにしたら円安になって輸出が増える」と言って総選挙に圧勝した。彼のブレーンである浜田宏一氏(内閣府参与)はデフレと円高が不況の元凶だと言い、「日銀がエルピーダ(半導体大手)をつぶした」と公言した。彼の話が正しければ、大幅な円安になった今は半導体の輸出が増えるはずだが、なぜこうなったのだろうか?
それは日本がもう「貿易立国」ではないからだ。半導体は、アップルやクアルコムなどのアメリカ企業が付加価値の高いソフトウェアに特化する一方、アジアの新興国は低価格のハードウェアを大量生産する工場に特化した。日本の電機メーカーは、研究開発から製造までやる「自前主義」にこだわったため、開発でも製造でも負けてしまった。こうした国際競争力の低下が不況の本質的な原因なのだ。
次の図は内閣府の発表した7~9月期の名目GDP(国内総生産)速報値だが、四半期で0.4%の成長うち、内需は1.1%増なのに、外需(輸出-輸入)は-0.7%になった。貿易収支と所得収支(海外からの金利・配当など)を合計した経常収支も、9月は1252億円(季節調整ずみ)と過去最大の赤字になり、今後は経常赤字が続くおそれが強い。
経常赤字そのものは、人間が年をとると貯金を食いつぶして生活するようなもので、必ずしも悪いことではない。日本は戦後の高度成長期にたくわえた個人金融資金を1500兆円もっており、対外純資産も300兆円ぐらいある。これをうまく運用して世界に投資すれば、あまり成長はできないが人口も減るので、一人あたりではそれほど貧しくならないだろう。
マクロ経済的には、経常収支はおおむね家計貯蓄に対応するので、経常収支が赤字になるということは、貯蓄がマイナスになって資産が減ってゆくということだ。経常赤字は長期的には円安要因なので、1ドル=100円以上のレートが定着するだろう。円安になると所得収支も減るので、成長のマイナス要因になる。
最大の問題は財政だ。経常黒字(家計貯蓄)が減ると、財政赤字をファイナンスすることが困難になる。今のペースで政府債務(1000兆円)が拡大すると、あと10年ぐらいで個人金融資産を食いつぶすが、その前に長期金利の上昇(国債価格の下落)が始まるだろう。これは財政を破綻させるばかりでなく、日銀が200兆円を超える国債を抱えると金融危機を起こすおそれもある。
安倍首相も日銀の黒田総裁も、日本の置かれている状況を取り違えている。日本はもう世界にものを売って外貨を稼ぐ若い国ではなく、今までのストックで食っていく老大国なのだ。無理にインフレ・円安にすると、資産が目減りして貧しくなるだけだ。
欧米でも景気低迷が続いている。これは一時的な金融危機の後遺症ではなく、経済の成熟や人口減少による長期停滞ではないか、とローレンス・サマーズ(ハーバード大学教授)はIMF年次総会で示唆した。日本は世界に先駆けて急速な高齢化と人口減少を経験するので、優雅に衰退する方法を考えたほうがいい。
しかし美しく老いることはむずかしい。誰もがまだ若いと思いたがる。黒田総裁はゆるやかな下り坂で一杯にアクセルをふかし、崖に向かって突っ走っているようにみえる。10月の金融政策決定会合では、3人の審議委員が無謀な超緩和路線に反旗を翻した。ジリ貧になるだけならまだいいが、国民を「ドカ貧」に巻き込むのはやめてほしいものだ。
- 1/1