「空気」で止められた原発のコストは利用者が負担する
原子力規制委員会は16日、北海道電力、関西電力、四国電力、九州電力の4社から出ている5原発10基についての初めての安全審査会合を行なった。3基の審査に半年かかるといわれており、このペースで審査すると、全国で止まっている52基の原発がすべて再稼働するには9年かかる。
しかし実は、この審査には法的根拠がない。経済産業省の電気料金審査専門委員会の安念委員長がいう通り、規制委は原発が技術基準に適合するかどうかを審査する機関であって、すでに定期検査を終了した(技術基準に適合すると認められた)原発を運転するかどうかを決める権限はない。電力会社からの運転開始の届け出を経産省が受理すれば、いつでも運転できるのだ。
では、なぜ止まっているのだろうか。それは民主党政権で菅首相が浜岡原発を止める(法的根拠のない)「お願い」をしてから、電力会社が定期検査の終わった原発を動かせない「空気」になっているためだ。経産省が「動かすな」と命じたわけではない。そう命じる法的根拠がないからだ。この2年あまり、原発について出された文書は、2011年7月の「ストレステストを行なうことが望ましい」という非公式のメモだけである。
この「空気」のコストは大きい。原発を止めることによって、今年は3兆8000億円のLNG(液化天然ガス)や原油などの輸入増が発生する。毎日100億円をドブに捨てている計算だ。これは日本の電力会社の売り上げの約2割なので、最終的には電気代に2割ぐらい転嫁されるだろう。ところが電力各社の申請した電気代の値上げは10%前後だ。これは原発を動かすことを前提にして原価を計算しているからだ。
たとえば東京電力の場合、平均8.5%値上げしたが、これは新潟県の柏崎・刈羽原発の5・6号機が再稼働することを前提にしてコストを計算している。しかし新潟県の泉田知事は「福島事故の検証が終わるまでは再稼働は許さない」と言って、東電の再稼働申請も受け付けない。柏崎の出力は東電全体の12%を占めるので、これが動かないと東電の経営はますます悪化するだろう。
「事故を起こした東電の経営が傾くのは自業自得だ」という人もいるかもしれないが、電力会社の料金は総括原価方式で、「原価+適正利潤」で決まる。原価が大幅に上がると、電気代がふたたび値上げされることは必至だ。「人員整理など経営合理化でコスト上昇をカバーしろ」という人がいるが、東電の人件費は3500億円。全員をクビにしても、値上げ分も出ない。
また福島第一原発事故にともなう賠償や除染などの費用は10兆円を超えるといわれるが、東電の経営は実質的に破綻しているので、こうした費用はほとんど国が負担することになる。柏崎がいつまでも動かないとこうした費用もまかなえないので、東電管内だけではなく全国の納税者の負担も兆単位で増えるだろう。
このように切迫した財政事情を抱えているため、東電は今回の再稼働申請に加わる予定だった。ところが広瀬社長がそれを記者会見で表明したのに対して、泉田知事が「聞いてない」と反発し、結果的には東電は申請を見送ることになった。
定期検査の終わった原発を運転することは、第一義的には電力会社の判断であり、国の許可も必要ない。もちろん地元の自治体には許認可権はない。ところが泉田知事は、県と東電が結ぶ「安全協定」を根拠にして、新設備をつくる際は県の事前了解が必要だと主張している。この安全協定にも法的根拠はないのだが、東電は譲歩して申請を見送った。
新潟県庁を訪れた広瀬社長との会談でも、泉田知事は「東電は約束を守る会社ですか?」とか「東電は信用できない」などと喧嘩腰で、申請に了解を得ようとする社長をはねつけた。これに喝采を送る人もいるようだが、柏崎を止めたコストは、そのうち電気代や税金にはね返ってくる。そのときになって「値上げ反対」といっても通らない。値上げの原因をつくったのは、泉田知事を初めとする反原発ヒステリーなのだ。
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