「国債バブル」の崩壊は市場の合理的行動

2013年5月14日(火)14時57分
池田信夫

 日銀の黒田総裁が4月4日に「異次元緩和」を発表したとき、その第1のねらいは「資産買入れにより、イールドカーブ全体の金利低下を促し、資産価格のプレミアムに働きかける効果がある」だった。イールドカーブとは短期から長期への金利の変化で、通常は、長期の債券になるほど高くなる。

 今は短期国債の金利はゼロに近いので利下げによる金融緩和の効果はないが、長期国債には金利がついているので、それを日銀が買って長期金利を下げれば金融緩和の効果が出る、というのが黒田氏のねらいだった。



図 10年物国債の金利(出所:Bloomberg、5月13日現在)

 ところがこの方針が発表された4月4日に10年物国債の金利は0.3%台まで下がったが、その直後に0.6%台に上がり、急激な値動きを止めるサーキット・ブレーカーが何度も作動した。上の図のようにその後も乱高下が続き、14日13時現在では0.85%で、白川総裁時代の3月より上がってしまった。このため住宅ローンや長期プライムレートなども引き上げられ、黒田氏のねらいとは逆に金融は引き締められる結果になった。

 もちろん新体制は始まったばかりなので、1ヶ月ぐらいで結論は出せないし、0.8%台というのは絶対的水準としてはまだ低い。しかしここ1ヶ月の金利の動きから読み取れるのは、市場の困惑である。これまでリスクゼロだった国債がもはやそうではなくなったと市場が感じているとすれば、状況は大きく変わる可能性がある。

 客観的にみれば、日本国債の金利は合理化の過程にある。莫大な政府債務を抱える国債のリスクプレミアムが低かったのは、「日本人はまじめだから最後は何とかするだろう」という漠然とした期待に支えられていた。しかし黒田総裁の行動は「日銀は何をするかわからない」という印象を与え、日本国債はリスク資産として扱われるようになったのだろう。。

 同じリスク資産なら、株式や外債などとの裁定(利益の比較)が働く。株が上がっているときは資本収益率や配当も上がると予想されるので、金利は上がるのが普通だ。またアメリカでも金融緩和が終わるという観測で、長期金利が1.9%まで上がっている。国債を買い占めて「池の中の鯨」になった日銀に閉め出された機関投資家が、米国債に資金を移すのは合理的である。

 異次元緩和のもう一つの目的は「インフレ予想」を起こすことだが、これは金融緩和という目的と矛盾している。市場で見られる金利(名目金利)と予想インフレ率には、次のような関係がある。

 名目金利=実質金利+予想インフレ率

 ここで実質金利は短期的には一定だから、予想インフレ率が上がると名目金利は上がる。もし黒田氏の目標の通り2%のインフレが実現すると、長期金利は2%以上になる。このように利上げ(国債の価格低下)の動きが出ると、売りが売りを呼んで、ヨーロッパのように長期金利が5%前後まで上がる可能性もある。

 財政危機の国で国債の金利が上がると大変なことになるのは、ヨーロッパを見ればわかるだろう。もし日本国債の金利が5%上がると、政府債務は1000兆円以上あるので、これは最終的には50兆円以上の歳出増になって一般会計の半分以上を占める。国債を大量に保有している金融機関にも数十兆円の評価損が出て、金融システムも崩壊するだろう。

 上の式でもわかるように、今まで国債が低金利で安定していたのはデフレのおかげであり、インフレになったら金利は上がる。いま市場で起こっているのは、経済学の予想どおりの合理的行動である。莫大な政府債務のもとで低金利(高価格)が続いてきた国債バブルは不合理であり、いずれ是正されることは避けられない。合理主義者の黒田氏が、日本経済を「合理化」しようとしているのだとすれば、その目的は達成できるかもしれない。

  • 1/1

今、あなたにオススメ

今、あなたにオススメ