「発送電分離」は業界の抵抗で骨抜きになったのか

2013年3月20日(水)15時44分
池田信夫

自民党の経済産業部会は19日、電力システム改革の方針について政府原案で「2015年に国会に提出する」としていた発送電分離と電気料金規制などに関する法案提出の時期を「2015年提出を目指す」と修正して了承した。

これについてメディアは「発送電分離が業界の抵抗で骨抜き」などと報じている。まるで「悪い電力会社を解体する正義の法案に業界が横槍を入れ、自民党が加担した」といわんばかりだが、電力システム改革をこういう「善玉悪玉」の図式で語ることは間違いのもとである。

電力システム改革の目的は、電力会社を解体することではなく、低料金で安定した電力を提供するシステムを構築することだ。今回のシステム改革の議論では、こうした費用対効果の議論がほとんど行なわれず、改革で電気料金が下がるかどうかさえわからない。事務局である経済産業省が、発送電分離の効果についての正確な数字を出さなかったからだ。

一般論としては、市場経済ではすべての産業は自由化すべきであり、電力会社が地域独占になっていることは好ましくない。経済産業省も電力業界と「15年戦争」ともいわれる論争を続けてきた。10年前には大口電力の自由化までこぎつけたのだが、小売り自由化と発送電分離はできなかった。経産省はその宿願を原発事故のあと民主党政権で一挙に進めたのだが、電力会社を敵視する世論に便乗した感は否めない。

欧米では、通信自由化の成功を受けて、90年代から電力システム改革が進められてきた。アメリカではもともと3000以上の電力企業が競争していて州ごとにバラバラだが、1996年に電力会社に対して新規参入者に対する送電を義務づけた。しかし2011年の段階で、発送電分離した北東部の14州が14.3セント/kWhに対して、発送電一体の北西部28州では平均11セント/kWhと、分離の効果は上がっていない。

EU(欧州連合)でも2007年に原則として発送電分離することを決めたが、完全分離したイギリスや北欧の料金が図のように20%ぐらい上がったのに対して、原子力の比率が高いため完全分離しなかったフランスの電気料金はもっとも安い。電気事業は巨額の設備投資が必要で、ITのように急速な技術進歩がないので新規参入がむずかしく、発送電分離で電気料金が下がるとは限らないのだ。

EU諸国の家庭用電気料金の推移(電気事業連合会調べ)

ただ50kW以下の小売りについては、日本でも自由化の方針は変わらないだろう。10年前の経産省と電事連の論争でも、完全自由化は既定の方針だった。しかしこれも競争相手がいないまま自由化すると、料金規制がなくなって電気代が上げ放題になってしまう。通信自由化のときは「第二電電」という競争相手をつくって非対称規制で優遇したが、過渡的にはそういう措置も必要かもしれない。

特に電力計が各電力会社ごとにバラバラのままだと、実質的に電力自由化は不可能になってしまう。これは私が当コラムで指摘したあと改善され、新電力にも利用可能な規格になる予定だ。これを突破口にして、小売りの電力に通信事業者などが参入する環境整備が必要だ。特に今は電力会社が運営している電力の流通市場を中立なISO(独立系統運用機関)が運営することが不可欠である。

電力需要は日本ではこれから減ってゆくので、電力会社はそれほど魅力的な産業とはいえない。特に現在の送電網は発電側で電力の制御を行なっているので、それを物理的に分離するには数千億円のコストがかかり、新事業者の参入もあまり期待できないし、コスト低減効果も大きくない。

それより節電技術や多様な料金体系を実現する小売り部門の自由化を進めたほうが、消費者にとってメリットがあるのではないか。通信自由化でも主役はNTTではなく、回線を利用者に小売りしたISP(プロバイダー)だった。自由化もインフラ分割も手段にすぎない。目的は消費者の利益である。

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