「アベノミクス」の演出した円安は日本経済を救うか
年明けの東京外国為替市場は、大幅な円安・ドル高で始まった。1月4日の正午現在の為替レートは1ドル=87円75銭と前日に比べて1円40銭も上がり、2年5ヶ月ぶりのドル高となった。これに連れて日経平均株価の午前の終値も1万700円となり、震災前の水準を回復した。
直近の要因は米議会で「財政の崖」を回避する法案を議会が可決したことだが、安倍首相の主張しているインフレ・円安の「アベノミクス」の影響もあるだろう。長期的にみると、2008年の世界金融危機で欧米の金融機関への不安が高まり、相対的に安全な通貨だった円に資金が逃避した「リスクオフ」の動きが落ち着いて、資金が欧米に環流した影響もある。
(図)2008年以降のドル/円レートの動き(Yahoo!ファイナンス)
図のようにドル/円レートは、2008年の110円を最後に急激にドル安に振れ、5年前の水準にまだ戻っていない。相場が「リスクオン」に戻るとすれば、まだかなり上がる余地がある。EU(欧州連合)では、昨年7月にECB(欧州中央銀行)が各国の国債を無制限に購入すると約束してから、ギリシャやポルトガルなどの国債の価格が大幅に上昇しており、ユーロに資金が環流する原因となっている。
もう一つの要因は経常収支である。貿易決済だけを考えると、経常収支が黒字だと円が強くなって輸出が減り、黒字がなくなるまで円安になるはずだ。日本は昨年の貿易収支が赤字になり、経常収支も一時的に赤字になったので円は下がる――という説があるが、外為市場で動いている資金の99%は投機資金なので経常収支は均衡しない。ただ長期的にみると、日本が高齢化して輸出が減るので円は弱くなるだろう。
短期的な為替レートの決定要因は、金利とインフレ率の差である。日本の名目金利はゼロに近いが、アメリカの名目金利もゼロでインフレ率は2%近いので、実質金利(名目金利-インフレ率)は日本のほうが高い。こういう場合はドルで借りて円に投資することによって2%の利鞘が出るので円が上がる。この理論で考えると、円が下がる理由はない。
長期的な為替水準を決める理論的要因は、貿易財の購買力平価である。これは国際的に取引される商品の価格が各国で等しくなる為替レートで、長期的にはこの水準に戻る傾向がある。これでみると円の購買力平価は1ドル=60~80円とされ、現在の円は割安である。特に日米のインフレ率は10年間で20%ぐらい違うので、長期的にはデフレ効果で円高になる(これは国際競争力に影響しない)。
このように為替の動きにはいろいろな(互いに矛盾する)決定要因があり、円安傾向は心理的にはわかるが、理論的には正当化しにくい。ただ相場のプロにとっては、今のように激しく相場が動く時期は稼ぎ時で、その最大の材料は政治である。安倍首相と麻生財務相が派手なスタンドプレーを繰り返す日本の政権は、世界の投機筋の絶好の材料になっている。特に円が安くなると、外国人投資家が円で借りて割安な日本株を買うため日本株も上がるが、これもどこかで利益を出して売るだろう。
最大のリスクは、日本の財政がいつまでもつのかということだ。この点で、長期金利が0.83%と昨年末から0.035%ポイント上昇し、4ヶ月ぶりの高値をつけたのが気になる。今は国債は順調に消化されているが、遠からず国内で消化が困難になると予想されている。長期金利が上昇すると、今は国債を買うしかない邦銀が民間への融資を増やし、長期金利がさらに上がる局面が来る。
金利が上がると財政負担が大きくなるので、日本銀行が国債を買い入れる必要があるが、これが国債を買い支える財政ファイナンスとみなされると、海外の資金が逃避して円がさらに下がる。これによって金利がさらに上昇する・・・というループに入ると、円が暴落して財政と金融機関の経営が破綻する。市場が円安に動いている背景には、こうした財政リスクもあるものと思われる。
つまりアベノミクスが成功しても失敗しても円は下がるのだが、それがいいことかどうかはわからない。輸出産業は一息つくだろうが、エネルギーや輸入品の価格は上がり、家計の負担は増える。歴史が教えるのは、通貨価値が下がるときは、その国の衰退期だということである。その意味で円が下がることは長期的には避けられないのだが、まるで死に急ぐかのような安倍・麻生氏の経済政策には不吉な兆候がある。
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