政治に屈服した日銀は2%のインフレを起こせるのか
日本銀行の白川総裁は、20日の金融政策決定会合後の記者会見で、物価水準の目標について「自民党の安倍総裁の要請を踏まえて検討することにした」と述べ、1月の会合で2%のインフレ目標の採用を検討する方針を明らかにした。日銀総裁が政治家の意向を受けて金融政策を変更するのは異例である。
インフレ目標を設定すべきだという話はこれまでにも多くの政治家が主張し、日銀はこれを受けて今年2月に1%の「物価安定のめど」を設定したが、それより強い目標設定は拒んできた。10月に発表した民主党政権との「共同文書」でも同じ表現で、11月に安倍氏が「建設国債の買い取り」などを求めたときも、白川氏は拒否した。
ところが総選挙後の18日には、一転して白川氏が安倍氏を訪れた。白川氏は「あいさつだけ」だとしたが、安倍氏側は「2%のインフレ目標を実現する政策協定を申し入れた」と明かした。それを受けてさっそく「2%目標」を飲むような会見をするのは「政治に屈服して日銀の独立性を放棄した」と見られてもしょうがない。
しかし日銀の内部事情を知る人からは、違う話も聞こえてくる。安倍氏は日銀法の改正を主張しており、自民党のワーキングチームでは「インフレ目標を実現できなかった場合は総裁を解任できる」という規定を盛り込むことが提言されている。インフレ目標を設定すること自体は大した問題ではないが、それが実現できないときは総裁を解任できるとなると、日銀の独立性が脅かされる。それを防ぐために、現行法で最大限の譲歩をしたというのだ。
上の図でもわかるように日本の消費者物価上昇率が2%を超えたのは1991年が最後で、80年代のバブル期でも平均1.3%だった。今ゼロ以下の物価上昇率を2%にすることは普通の金融政策ではできないので、できなければクビになるとなれば、長期国債や社債などを数百兆円規模で購入するしかないだろう。それがマイルドなインフレですむ保証はない。
安倍氏はインフレ目標の意味を取り違えているようだが、これはインフレを起こすための目標ではない。主要国で唯一インフレ目標を法的に定めているイギリスが1992年にこれを設定したのは、ERM(欧州為替相場メカニズム)から離脱して変動相場制に移行し、ポンドの為替レートが変動することを防ぐためだった。
ERMでは一国だけがインフレ政策を取りにくいが、ポンドが離脱すると政治家が金融緩和を求めてきたとき、拒否するのがむずかしい。そこで2%以上のインフレを禁じてイングランド銀行の独立性を守るために設定されたのがインフレ目標なのだ。安定している物価をわざわざインフレにする目標を設定した国はない。
これほど安倍氏がインフレ目標にこだわるのは、来年夏の参議院選挙に負けると、5年前と同じように退陣を迫られるためだろう。自民党の集票部隊である土建業者に公共事業を発注するためには、国債を大量に発行するしかない。第2次安倍内閣で副総理兼財務相になると予想されている麻生太郎氏は「政府はいくら借金しても大丈夫」というのが持論で、来年度の当初予算も国債の新規発行枠44兆円をはずして100兆円を超える大型予算を組む方針だ。
要するにインフレ目標というのは目くらましで、本音はバラマキ公共事業のための財政ファイナンスなのだ。しかし日銀の国債保有高は100兆円を超えた。今は超低金利なので何も起こらないかもしれないが、日銀が大量に国債を買うと市場に「日銀はお札を刷って財政赤字を埋めているのではないか」という疑念をもたれ、国債が売られると長期金利が上昇(国債価格は下落)してインフレが起こり、それによってさらに金利が上昇する・・・というインフレスパイラルに入るおそれがある。
安倍氏は「インフレが2%になったら日銀が政策金利を上げればいい」というが、スパイラルに入ると金利上昇で銀行が含み損を抱えるので、政策金利を上げるとさらに損失が拡大する。日銀のバランスシートが悪化して100兆円以上の国債を売却したら、国債市場は崩壊して邦銀の多くは債務超過になるだろう。「ここで止めよう」と思った所では止まらないのだ。
政治家が中央銀行に金融緩和を求めるのは万国共通である。財源がなくなったとき中銀にお札を刷らせる誘惑に負けることも多いので、途上国では財政ファイナンスによるインフレは日常茶飯事だ。しかし日本でそんな政策をとると、1000兆円を超える政府債務という「時限爆弾」が爆発して、日本経済は粉々になるだろう。
各国でインフレ目標や政策協定(アコード)が結ばれているのはこういう政治的圧力を防ぐためであり、中銀を政治家の貯金箱に使うために政策協定を結ぶなどというのは世界の笑いものだ。日銀の独立性は、安倍氏のような政治家から通貨の信認を守るために定められているのである。
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