橋下市長はなぜ野田首相をほめたのか
民主党の小沢一郎元代表が11日、新党「国民の生活が第一」を立ち上げたが、小沢新党の政策は「反増税」や「反原発」などの旧態依然たるポピュリズムだ。世論調査では80%以上が「期待しない」と答えており、大衆迎合路線で次の選挙に勝とうという小沢氏のもくろみは当たりそうにない。
こうした中で、大阪市の橋下徹市長の発言が注目された。彼は定例記者会見で「民主党の支持率は急回復すると思います。野田首相はすごい。確実に決める政治をしていると思う」と首相をほめたのだ。一時は原発の再稼働をめぐって「民主党政権を倒さなければならない」と発言した彼の路線転換は、政局的な憶測を呼んだ。
橋下氏はその真意をツイッターで説明し、「政策論では消費税の地方税化や厳しい公務員制度改革などで民主党政権とは考えが異なる」とした上で、7月12日に次のようにつぶやいている。
政治行政論は価値中立。政治は、一定の価値観を明確に示して、その方向性で物事を決め、実行していくこと。決める際は、必ずすさまじい反発がある。実行する際にもすさまじい反発がある。その反発を民主主義のルールの中で説得、抑えながら進めていく。これが政治だと思う。
橋下氏は首相の政策に賛成したのではなく、党を分裂させるという小沢氏の脅しを押しきって増税に踏み切った実行力に共感したのだろう。大阪市の労働組合と闘いを続けている橋下氏の直面する課題は、野田氏と同じだ。日本の組織に根強いタコツボ構造による過剰なコンセンサスを断ち切ることである。
大阪市長選挙では、市役所の職員が労使ともに平松前市長を支持し、労組が公然たる選挙活動を行なった。これは特定の党派を応援する政治活動というより、現状を維持して既得権を守るサボタージュの一種である。これに対して橋下氏が懲戒処分を次々に打ち出したことが「人権問題だ」という労組との対立を生んでいるが、橋下氏は「政治は権力闘争だ。役所を挙げて僕を拒否している組織に、ひとり落下傘で降りたようなものだから、こっちに使える武器は条例と職務命令しかない」と答えた。
このように現場がトップの命令に従わない現象は、企業にも広くみられる。日本の組織はタコツボ的な派閥の連合体として運営されることが多いので、全体のリーダーは派閥の合意で選ばれ、彼らの既得権を侵害しない調整型になりがちだ。「強いリーダー」はきらわれ、現場が拒否権を行使するため、組織が動かない。特に小沢氏や大阪市の労組のような「確信犯」を説得することは不可能なので、コンセンサスを前提にしたら現状維持以外の決定はできない。
だからいま必要なのは、個別の政策より統治機構を立て直して決定できる民主主義を実現することだ、という橋下氏の主張は、いいところを突いている。マニフェストでいろいろな政策を打ち出した民主党政権が何も実行できずに挫折した原因も、党内の派閥や霞ヶ関のタコツボ構造の利害対立を乗り超えられなかったことにある。
今回の分裂騒ぎを受けて、民主党の輿石幹事長は「自民党の総務会のような全会一致の原則を導入することを検討している」と述べたが、これは逆である。混乱を乗り切るには、党の方針は党首が決め、その決定に従わない党員は除名するというルールを徹底するしかない。それを実行した野田氏は、日本に決定できる民主主義を導入した首相として歴史に残るかも知れない。小沢離党は、民主党が再生するチャンスである。
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