外資による「乗っ取り」は日本企業が立ち直るチャンス

2012年7月6日(金)13時57分
池田信夫

 今年3月、台湾の鴻海精密工業がシャープの株式の9.9%を保有して筆頭株主となった。鴻海グループは中国本土に多くの工場をもつEMS(受託生産サービス)大手で、アップルのiPhoneやiPadを製造する「フォックスコン」のブランドで知られている。これは形の上では一部出資だが、シャープの中核事業である液晶を生産する子会社シャープディスプレイプロダクトに46.5%を出資し、実質的に経営権を握る。

 しかし両社の業務提携は、なかなか進展しない。鴻海の郭台銘会長が「シャープの意思決定は遅い」と批判する発言が報じられ、「そのうち全株が買収されるのではないか」との憶測が飛んでいる。シャープの時価総額4100億円に対して鴻海は2兆6000億円だから、全株を買収することは不可能ではない。今年3月期に3800億円の最終赤字を出し、1兆1500億円の有利子負債を抱えるシャープにとって、選択の幅は限られている。

 しかしこれを「外資による乗っ取り」と後ろ向きにとらえるのは間違っている。コア事業である液晶が国際競争力を失ったシャープにとっては、液晶事業が鴻海と統合されてアップルなどから受託すれば、再建が期待できる。今まで収益の柱だった液晶テレビは、もう国内で製造しても赤字になるばかりだから、すべてフォックスコンに生産委託するほうが効率的だ。

 液晶のように技術進歩の激しいデバイスについては、開発・設計部門から製造部門を分離してEMSに委託する水平分業が世界的な潮流である。液晶テレビで北米トップメーカーになった「ビジオ」はまったく製造部門をもたない「ファブレス」企業で、製造はすべてフォックスコンに委託している。

 しかし昔からテレビを中核事業にする日本メーカーは、人員整理や事業売却には役員会でも労使交渉でも反対が強くて踏み切れない。こういうとき日本の経営者は、ぎりぎりまで雇用を維持して資本を食いつぶす。シャープの株価はこの半年で半減し、PBR(株価純資産倍率)は0.66。つまり会社を解散して資産をすべて売却した価値の2/3しか企業価値がない。これは株主利益を犠牲にして従業員共同体の利益を守るモラルハザードである。

 シャープだけではなく、東証1部上場企業の平均PBRは0.97。日本中の企業が「100円の入った財布を97円で売っている」ようなものだ。これで企業買収が起こらないほうが不思議だが、日本の企業買収総額はGDP(国内総生産)の2.5%しかなく、アメリカの1割程度だ。特に海外企業による国内企業の買収は、昨年は同-0.03%と流出超になった。外資は乗っ取りどころか、資本を引き上げているのだ。

 そんな中で、外資が買収の意向を示しているシャープは、むしろ恵まれた企業だ。日本の労働者が優秀で働き者であることは、世界に知られている。どの事業を切るべきかも明らかなのだから、必要なのはそれを実行する指導力だけである。郭氏がシャープの片山幹雄会長に出したといわれる手紙の一節は印象的だ(日本経済新聞7月2日)。

私の母は山東省青島市で育ちました。[中略]母が感心したのは、そんな憲兵隊にいた日本人の変化です。彼らは敗戦の翌日、軍服を脱ぎ、記章を取り外して、青島市の街や下水道を丁寧に掃除しました。彼らは卑屈になったからそうしたのではありません。居丈高でいられた原因を理解し、すぐに合理的な行動(掃除によって地域に尽くす)を採ったのです。


 日本人は、大きな変化を柔軟に受け入れる能力をもっている。敗戦のとき見せたその能力を「経済敗戦」に際しても発揮し、無能な経営者を追放して意思決定のスピードを上げれば、立ち直ることは不可能ではない。外資による買収は、日本企業が大胆に変化するチャンスである。

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