家庭用電力の自由化で料金は下がるか――通信自由化の教訓
23日の新聞各紙は、いっせいに「東電利益9割は家庭から 電力販売4割弱なのに」(読売)などと大きく報じ、枝野幸男経産相は「この利益割合の具体的な数字が初めてわかった。透明性を高めさせないと世の中は納得しない」とコメントした。
しかし、これは初めてわかった事実ではない。「東電の規制部門(主に小口電力)の販売電力量は全体の38%だが、営業利益の91%は規制部門から上がっている」という数字は、今年2月に当コラムで紹介したもので、これは2006~10年の平均だ。
こんな旧聞が今ごろニュースとして報道されたのは、23日に申請された東電の家庭用料金の値上げ案を受けて、経産省が「記者レク」をしたためだろう。経産省は家庭向け料金を自由化する方針を打ち出しており、マスコミ各社に「電力会社は家庭用でもうけすぎている」という情報操作を始め、勉強不足の記者がそれを「新事実」として報じたわけだ。
家庭用電力(50kW以下)の自由化を進めるのはいいことだが、それによって家庭の電気代は下がるだろうか。全面自由化が10年以上前から先送りされてきた最大の原因は電力会社の反対だが、経産省にも慎重派が少なくない。その理由は、電力会社のインフラの優位性が圧倒的に大きい中で料金を自由化すると、値上げし放題になるおそれがあるからだ。
自由化で料金を下げるには新規参入が必要だが、現在のPPS(独立系発電業者)は重厚長大産業ばかりで、東電と真剣勝負する気がない。自家発電の余った電力を売るために営業しているのがほとんどである。家庭用を自由化しても、東電の管内だけで1700万世帯。設備投資は兆円単位になる。そんな巨額の資金を調達でき、インフラ技術をもつ企業は数えるほどしかない。
同じような問題は、1980年代の通信自由化のときもあった。世界的な自由化のきっかけになったのは、AT&T(米電話電信会社)の分割だが、このときはAT&Tと競争して訴訟で闘ったMCIなどの競争相手がいたが、日本の電電公社は多くの「ファミリー企業」を従え、大企業の大口顧客だったため、競争しようとする業者がほとんどなかった。
そこで当時の中曽根政権は、第二臨調(臨時行政調査会)で電電公社の分割・民営化の方針を出すとともに、京セラやセコムなどの新興企業に「第二電電」(現在のKDDI)という会社をつくらせた。しかも電電公社のもっていた長距離電話用のマイクロ回線を1ルート、第二電電に貸すよう求めた。
NTTの真藤恒社長はこれを認めた。社内には反対が強かったが、彼の最大の敵は競合他社ではなく、30万人の組合員を擁する全電通(現在のNTT労組)だったからだ。自民党政権の意向を受けて、国鉄に続いて労働組合をつぶすために送り込まれた真藤氏にとっては、経営合理化を進めるための「仮想敵」が必要だったのだ。
1985年の電電民営化のときは、第二電電の他にも国鉄系の日本テレコム、道路公団系の日本高速通信の3社のNCC(新通信事業者)が参入した。郵政省(当時)はNTTの加入者線(電話局と家庭を結ぶ回線)を開放させるとともに、NCCにはNTTより安い料金を認可するなどの非対称規制を行なった。このような「管理された競争」には批判も強かったが、今となってはその成果が弊害を上回ったことは明らかだ。
民営化当時の電電公社の売り上げは約5兆円で今の東電とほぼ同じだが、10電力全体では15兆円。物価を勘案しても当時の電話の1.5倍の産業だから、自由化するには大きなパワーが必要だ。通信自由化の教訓としていえるのは、日本では新規参入や料金を自由化するだけではだめで、政治の強い指導力と新興企業の起業家精神が必要だということだ。
今の野田政権に当時の中曽根政権のような腕力があるかといえば、残念ながらまったく期待できないが、企業の側には可能性がある。携帯電話でもうけた通信業者は、潤沢な資金とインフラ技術をもっている。スマートメーターの開放は加入者線の開放と同じような意味があり、家電メーカーにとっても新しいビジネスになりうる。
エネルギー産業は、情報通信技術と結びついてイノベーションを生み出す可能性を秘めている。日本の企業がアップルやグーグルのような超高速イノベーションに追随するのはむずかしいが、エネルギーのようなインフラ型産業では高い信頼性やサービス品質が競争優位になるかもしれない。通信自由化の成功に学んで、政府と企業が協力するときである。
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