天安門事件、25周年
インタビューに答えていた人物が誰だか知らないが、実際にここ数年、わざわざ大陸からやってきて香港での集会に参加した人たちがそれぞれ地元に帰ると、尋問されたり拘束されたなどという話はよく流れている。ああやって、そこに詰めかけたメディアに思いのたけを語る人たちの顔を記録して、何らかのデータベースにかけているらしい。そんなふうに大陸から送り込まれた「スパイ」は、あの出入り自由な会場でどれだけ暗躍していたのだろうか?
実際に集会で舞台上に立って演説した、中国の著名な人権弁護士、滕彪氏も「今回、公安や所属する中国政法大学から、集会には参加するなという警告を何度も受けた」と語った。滕彪氏は法律NGO「公盟」の立ち上げメンバーの一人であり、また「公盟」主催者である法学者の許志永氏、そして5月に正式に逮捕された人権弁護士、浦志強氏らと長年タッグを組んで中央、地方政府の横暴に抵抗する庶民のために手弁当で走り回ってきた弁護士である。だが、2008年にその弁護士資格を北京市司法局に取り上げられ、また同年末には教鞭を取っていた中国政法大学からも授業を停められている。
だが、ともに庶民の法律支援及び法律普及を行ってきた許志永氏が昨年、「公共秩序騒乱」容疑で懲役4年の判決を受け、また今年には浦志強氏も刑事逮捕された。現在、香港中文大学に客員教授として滞在している滕氏としては、今年の集会参加はどうしても参加しなければならない理由があったのだ。「天安門事件で亡くなった人たちは我々一人一人のために亡くなったのだ。そのことを忘れてはぼくらのいる中国を理解することはできない」「25年は過ぎ去った。だが、虐殺は1989年で終わってはいない。キャンペーンという名目で、法律という名目で、また治安維持という名目で、国家統一という名目で、殺人はずっと続いている」という滕彪氏のスピーチは感動的で、わたしの周囲にいた中国出身者は涙を流していた。
だが、25年の間に香港も変わりつつある。
「中国の実情など関係はない。まずぼくらは香港人だ、中国人ではない」と叫ぶ立法評議会議員の黄毓民らは、ビクトリア・パークでの集会と同じ時刻に香港の繁華街の一つ、尖沙咀(チムサーチョイ)にある海浜広場で集会を開いた。参加者は3000人あまり(主催者発表で7000人)。黄氏は「ビクトリア・パークと人数の比較をしても仕方がない。我われは人数競争をやっているわけではなく、『まず我われは香港人だ』と主張しているだけ。天安門事件の死傷者には心から同情する。だからこそ集会を開いた。だが、大事なのは我々香港をそんな中国からどうやって守るかなのだ」と語っている。
こうした、中国と香港を切り離して考え、中国に影響を与えることよりもまず香港のための施策を進めていくべきだとする「本土派」と言われる人たちは、黄氏のように人気を集める議員や言論人を中心にじわじわと香港で勢力を伸ばしつつある。実際に昨年初めて開かれた本土派集会は500人余を集めただけだったのが、今年は大きく増えた。「このちっぽけな香港が巨大な中国にどんな影響を与えられるんだ? 支聯会は25年間、天安門事件に関わった人たちへの名誉回復を求め続けているが、オレたちはもう疲れた。形式主義はもういい。もうオレたちは中国政府にはすがらない。香港をオレたちの手で守る。それだけだ」という主張を繰り返している。
実際に支聯会が主催したビクトリア・パークでの集会参会者の中からも、そこに掲げられたスローガン「平反六四、戦闘到底」(天安門事件の名誉回復のため、徹底的に戦う)に対して、「なぜ中国政府に対して名誉回復を『お願い』するのだ? 我々自身が天安門に当時集まった人たちの尊さを認めれば良いことだ。支聯会はまだ中国政府に期待を抱いているのだろうか」という声も挙がっている。確かに、「平反」(名誉回復)という言葉自体、中国共産党が使う特殊な言葉や概念である。わざわざ党や政府の評価改善を求めることは党や政府の正当性を認めることになるのではないか? そんな疑問は香港の現状を考えれば無理がないことではない。
香港は2017年に初めての特区行政長官普通選挙実施を控えている。しかし、その制度づくりに関する中国中央政府のあれやこれやの干渉をめぐって大きく揺れている。「一国二制度」と言いながら、法と国家の秩序や国体の統一性などを理由にじわじわとその成り行きを自分たちの意のうちに収めようとする中国政府に対して、ほとんどの香港の人たちはすでに反感以上の苛立たしさを感じており、それが中国と自分たちを切り離した本土派の人気につながっているのだ。だが、「ちっぽけな香港」が「巨大な中国」にどうやって抵抗できるのか、その課題は本土派にとっても支聯会のような民主派にとっても同じなのである。
四半世紀を経て、中国はどうなっていくのか、そして香港はそれとどう付き合っていくのか。まだまだ緒は見えないままである。
<編集部より>ふるまいよしこ氏の「中国 風見鶏便り」は今回で終了します。3年間ご愛読ありがとうございました。
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