人々はスマホに自分の運命を賭け始めた?

2014年2月24日(月)07時43分
ふるまい よしこ

 今この瞬間、中国で暮らしているわけではない人に、中国の生活においてスマートフォンがどれだけ重要であるかを言葉で説明して理解してもらうのは難しいかもしれない。

 もちろん、「日本だってスマホなんてとっくに普及しているし、必需品になっている人は多いよ!」と思うだろう。でも、日本で暮らしているわけではないわたしが言ってもこれまた理解してもらえないだろうが、北京や上海で暮らす人のスマホ依存率はたぶん、東京を超えている。

 わたしも昨年の旧正月前に初めてのスマホを買ってから、ニュースや知り合いのジャーナリストが推薦する情報などをスマホで受信するようになって、原稿テーマの情報源はスマホからが5割、ツイッターやフェイスブックなどSNSが3割、購読しているメディアのニュースレターが2割になっている。ツイッターとスマホが別なのは、中国ではツイッターへのアクセスがブロックされるためにその利用に「壁越え」用ソフトが必要だからで、わたしは習慣的にツイッターやフェイスブックをほぼ同ソフトを常駐させているPC、あるいはiPadで利用しているからだ。

 発言をしていた人気ユーザーが別件で逮捕され、当局による微博言論叩きが行われて以来、慎重なジャーナリストや情報通が微博でおいそれと情報を流さなくなった。その代わりとなったのがスマホ用チャットアプリ「微信 WeChat」で、自分が認めた相手とだけ情報がやりとりできる個人アカウントと、「公式アカウント」と呼ばれる配信型のサービスを利用してニュースレターのように情報が発信される。つまり、オープンだったSNSからクローズドな単方向の情報発信に「後退」してきている。

 その動きは、1月中旬に中国インターネット情報センターが発表した、2013年のインターネット利用状況の統計でも明らかになっている。それによると、2009年に運用が開始されてから利用が増え続ける一方だった微博において、2013年には26.1%のユーザーが「微博を利用することが減った」と答えた。さらにそのうちの37.4%が新たに微信を重用するようになったという。

 だが、その程度なら日本だって「LINE」が普及しているし、同じだよ、と思うだろう。その通り。問題は中国ではスマホで受けられるサービスが、こうした通信、情報交換だけではなく、ショッピング、交通、銀行、理財へとどんどん広がっていることだ。特に今年に入ってそれを強烈に感じる出来事が次々と起こった。

 ひとつはタクシー呼び出しアプリの競争激化だ。微信を運営するIT企業「騰訊 Tencent」がここ1年ほど人気を集めていたタクシーアプリ「ディーディー打車」を買収し、一方で電子コマース最大手の「アリババ」がこれに対抗してタクシーアプリ「快的打車」を打ち出した。これらは自分の現在地と目的地をアプリを通じて伝え、近くを走るタクシーからの連絡を待つというもの。中国には日本のようにタクシー無線がなく、道路際に立って空車を見つけられなければ大変な思いをするハメになる。タクシーアプリはそんなタクシー無線のオペレーターのようなサービスである。

 まず、テンセントが「ディーディー打車」を利用した客に運転手から10元(約170円)返金サービスを導入。さらに微信に銀行ATMカードを登録し、連携して電子決済機能を使えばさらに10元ディスカウントされるというキャンペーンを始めた。これにアリババの「快的打車」が対抗し、アリババが持つ中国最大の電子決済サービス「淘宝」を利用して同額の返金+ディスカウントを実現した。

 たかが170円と笑うなかれ。首都北京ですらそのタクシーの初乗り料金は13元(約220円、〜3キロ以内まで)。つまり、10元ディスカウント+現金10元返金となれば、6キロ以内なら無料、あるいはコーラ1本分くらいのお小遣いを稼げる。この仕様は全国共通なので、タクシー初乗りが10元などという地方都市ではまるまる「タダ乗り」できる。ウソみたいな話だが、「ディーディー打車」のアプリユーザーは2月9日までに4000万人を突破、キャンペーン開始前から倍増したという。

 そのタクシーアプリ競争のさなか、旧正月まであと1週間という時になって微信が「紅包(お年玉)合戦」を打ち出した。これは微信の電子決済を使って、微信上の友人たちにお年玉を配るというサービス。銀行カードを連携させた微信電子決済ユーザーであれば、受け取ったお年玉をそのまま銀行口座に預け入れることができるシステムになっていた。

 テンセントはさらにそれに、自分の友人複数を一つのグループに集めて一定額をそこに投入し、友人たちに取り合いさせるというゲーム性を取り入れた。例えば20人のグループに合計500元(約8500円)を投入して、20人がそれを競争のように奪い合う。だが、それぞれが手にできる「紅包」はその500元がランダムに分割されており、必ずしも早い者勝ちではなく、ある人が受け取るのは20元(約260円)だったり、ある人は100元(約1700円)だったりする。そして受け取った人が再びお礼も兼ねて、自分の友人を集めてまたお年玉を投下...

 この新しい試みが爆発的な話題を呼び、お年玉ごっこが微信中で繰り返され、一時は「キミはいくら手に入れた?」が友人同士のあいさつにまでなった。一方で、奪いとったお年玉は3日以内に銀行口座に入金しなければキャンセルされ、また銀行カードを連携させていない(つまり、電子決済ユーザーではない)人は奪いとったお年玉を銀行口座に入金することができないため、そのままお金は元の持ち主に差し戻されるという仕組みになっていた。

 その結果、大晦日から正月8日目までの9日間に、800万人余りの微信ユーザー間でなんと4000万件分のお年玉が行き来し、ピークとなった大晦日0時前には1分間に2.5万件のお年玉がやりとりされたという。この「お年玉合戦」ゲームに乗り遅れまいと慌てて銀行カードを微信に連携させる人が続出、一時は微信電子決済ユーザーが一挙に6億人に増えたという噂も流れたが、テンセントは「ユーザーが急増したのは認めるが、さすがにそれは大げさだ」と否定している。

 だが、旧正月の休み中、この騒ぎを黙って指をくわえてみているしかなかったアリババの総帥、ジャック・マー(馬雲)氏の闘争心にさらに火をつけたと言われる。

 年が明けると、タクシーディスカウント合戦はさらに加熱、「ディーディー打車」はディスカウント額を12〜20元の段階性を導入、すると「快的打車」のアリペイは「永遠にライバルより1元上」を宣言した。中国の二大IT大富豪のテンセントトップの馬化騰とアリババトップの馬雲の2人が身銭を切りながらのこのタクシーアプリ+電子決済合戦がどこに行き着くのか、人々は笑いながら見守っている。

 だが、この両者がこうして凌ぎを削るのはそうして獲得したユーザーたちが、それぞれの電子決済を使って消費するのを期待しているからだ。すでにア リババは電子コマースの雄「淘宝」、そしてその電子決済サービスであるアリペイで先を行っているが、昨年新たな理財サービスの提供を開始。銀行の預金金利 (3%台)を大幅に上回る、年間6%以上の利回りを約束して注目され、サービス開始からわずか7ヶ月あまりで4900万ユーザー、2500億元(約4兆2 千億円)を集めたと言われている。

 テンセントも同様の展開を睨んで理財サービスを提供し始めており、その入口が微信の電子決済サービスとされている。加えてテンセントは今月に入って人気店舗評価サイトの「大衆点評」の株式20%を取得。レストランの紹介では業界トップ1の同サイト利用者を通じてさらにユーザー拡大を狙っている。

 そんな矢継ぎ早の動きを見ていて、日本人ならこんな新興サービスに銀行カードの連携や資金の移入はまず警戒から始まるが、中国では人々がざざざっと動くことに驚く。だが、その気持ちもわからないではない。というのも、中国においてはこれらの分野では既存のサービスがあまりにもぞんざいで、時間を浪費させられ、顧客である自分が不快な思いにさせられることがあまりにも多い。自分の好みにフィットしたものよりも、企業の都合に振り回されることも多く、逆にテンセントやアリババが提供するスピード感やフットワークの軽さ、そして利便性が20代から40代の人たちに大歓迎されている。

 加えてテンセントのチャットソフト「QQ」、そしてアリババの「淘宝」「アリペイ」は、今の消費世代がITの普及と自分の成長とともに慣れ親しんできたITブランドである。「そんなに簡単に銀行カードバンドルして大丈夫かよ、セキュリティーは?」と我々が思う以上に、長年付き合ってきた「仲間」のような親しさを感じているらしい。それが人々が垣根を超えてぽんぽんと彼らのサービスを試してみようとする信頼感につながっているらしい。

 だが、その怒涛のような傾倒に当局は不安を感じないわけではないようだ。先日、北京市交通運輸局は「アプリに気を取られて安全に影響する。利用はタクシー1台につきアプリは1種類まで」という規制を出した。さらに、国有テレビ局中央電視台の論説員はアリババの理財サービス「余額宝」を「金融業界の寄生虫」と呼び、「社会の融資コストと経済的な安全を脅かすものであり、規制すべきだ」という論説を発表した。だが、どちらも予想されていたことで、ネットユーザーたちの嘲笑を買っている。

 あるネットユーザーが嬉しげに、タクシーの運転手のこんな言葉を紹介していた。

「テンセントとアリババが身銭を切りながら競争すれば、ぼくらが得をする。市場競争バンザイだ」

「市場」を口にしつつ、何かあると規制に乗り出すこの国。人々は国の規制よりも、テンセントやアリババのサービスに賭けてあっさりと銀行カードを連携させ、資産を国営銀行からテンセントやアリババに移し替えた。それはある意味、スマホで自分の生活をコントロールするようになった世代の当局に対する強烈な風刺なんだろうか。

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