World Voice

トルコから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ

トルコの伸び~るアイスクリームの秘密に迫る旅

i-Stock トルコの伸びるアイスクリーム

爽やかな春の季節は短く感じます。あの暑い夏がまた来るのかと思うと気が滅入る...なんて方も多いかもしれません。もちろん夏が大好きという方もおられるでしょう。そんな暑い季節に大人気なのがアイスクリーム。国や国籍や人種を問わず、夏になるとアイスクリームを食べる人は多いはず。

いつ頃だったでしょうか。日本で「伸び~るアイス」などといってトルコ風アイスが流行ったことがありました。読者の皆様は、トルコのアイスがなぜ伸びるのかご存じでしょうか? 今、縁あってその本場に住んでいる筆者がトルコのアイスについて調べてみました。なお、この記事に含めている情報は出典を明らかにしていない限り、カハラマンマラシュにあるアイスクリーム博物館の情報に基づいています。

トルコのアイスの歴史

トルコでアイスクリームに初めて触れている文献は 11 世紀のカラ・ハン朝の学者 Kaşgarlı Mahmud によって書かれた Divan- Lügati'tTürk にあります。その時代からシャーベット (果物のシロップ) や果物は雪や氷の上で冷やして提供されていたようです。その後セルジューク朝を経てオスマン帝国の時代となる 1700 年代には宮廷で「アイスクリーム」が食されており、宮廷から一般の人々にも広まっていきました。

もちろんこの時代のアイスクリームは今のようなアイスクリームとはだいぶ異なっていました。果物のシロップを雪と混ぜ合わせるようなものだったようです。今でいう「かき氷」的な感覚でしょうか。オスマン時代に宮殿で好んで食されたのは、「Karsambaç (カルサムバチ)」と呼ばれるもので、雪を集めて保管し、夏の暑い時期にハチミツや果物のシロップなどと混ぜ合わせて食されました

さて、オスマン帝国時代には、いろいろな種類のアイスクリームが開発 (?) されました。 1764 年にオスマン帝国で書かれた料理本は「ミルクアイスクリーム」と「雪水入りアイスクリーム」のレシピに言及しているそうです

現在のトルコアイスの基礎となる「マラシュ・アイスクリーム」もオスマン時代に開発されました。なおトルコではアイスクリームのことを「ドンドルマ」といいます。この記事でもマラシュ・アイスクリームのことを「マラシュ・ドンドルマ」と呼びたいと思います。

トルコのアイスクリームの首都はカハラマンマラシュ

トルコでアイスクリームの首都と呼ばれているのはカハラマンマラシュ (あるいは昔の呼び名で単にマラシュともいわれる) というトルコ南東部に位置する街。トルコ人に「アイスといえば?」と聞くと、速攻で「カハラマンマラシュ」と返ってきます。トルコ人が周りにおられる方なら、ぜひ試してみてください。

先ほど、オスマン帝国では Karsambaç (カルサムバチ) と呼ばれるかき氷に似たスイーツが好んで食されたと書きましたが、このスイーツにはアナトリア地方 (トルコのアジア側)、とりわけマラシュの Ahir Mountain (アヒル山) の雪が使われたようです。ですから、カハラマンマラシュにおけるアイスクリームの歴史は 300 年といわれています。とはいえ、オスマン帝国の首都はイスタンブール。マラシュからは徒歩で 8 日間の距離。もし本当にマラシュの雪がオスマン帝国の宮殿で食されていたのであれば、どこに保管し、どうやって運んでいたのか...馬を疾走させて手早く運んでいたのか...個人的には色々な疑問が沸いてくるのですが、それを説明する文献は私の力では見つけることができませんでした。

さてこのカハラマンマラシュのアイスクリームは「マラシュ・ドンドルマ」と呼ばれています。このマラシュ・ドンドルマこそがあの伸びるアイスの原点なのです。トルコで売られているアイスクリームがすべてこのマラシュ・ドンドルマではありません。日本で売られていた「トルコ風アイスクリーム」ももちろんマラシュ・ドンドルマではありません。実はマラシュ・ドンドルマは 2018 年に特許を取得していて、アイスクリームに「マラシュ」という地名を含める場合には、満たさなければならない厳しい条件があります。

IMG-3072.jpg筆者撮影 ‐ 正真正銘のマラシュ・ドンドルマにはこの緑のしるしが付けられます。

マラシュ・ドンドルマの特徴とは

マラシュ・ドンドルマの特徴ですが、伸びる・固い・溶けない。その特異性をまとめた番組がありますので、貼り付けておきます。英語ですが、映像を見ていただくだけでも興味深いと思います。

150 キロほどもあるマラシュ・ドンドルマのかたまりが天井から吊るされ、大きなナイフでアイスクリームを削り取ります。このかたまり、アイスクリームには見えませんよね。とにかく固い。

何とか切り取られたアイスクリームのかたまりはドラム缶のようなものに入れられます。金属製の棒で固いアイスクリームを何度もつつき (叩き?)、柔らかくして粘りを出します。餅つきのような感覚です。が、もちろんお餅よりはるかに固いので、男性でも渾身の力をこめる必要があります。

オーセンティックな食べ方は、フォークとナイフで切りながら食べる方法。固くて溶けにくいのが特徴ですが、舌の上ではじわ~と溶けてゆっくり広がり、つるんとしたのど越し。ただし普通のアイスと違ってすぐに液状にならないので、多少は噛む必要があります。

DSC_0195.JPG筆者撮影

一番オーセンティックな味は「サーデ」と呼ばれるプレーンな味。英語では「バニラ」と呼ばれますが、バニラエッセンスなどは何も添加されておらず、バニラというよりミルク味のアイスクリームです。ところがこのミルク味が深い。ふわんとした優しい甘さとマイルドな香りとコクが口いっぱいに広がります。上質でリッチな味わい。甘さは控えめで、後を引きません。このサーデ味のアイスにはピスタチオがトッピングされます。

アイスクリームがみょーーーんと伸びる秘訣は原料の Salep (トルコ語ではサーレップ、アラビア語ではサハレブ) にあります。これはカハラマンマラシュ周辺の山々に自生する野生ランの球根を粉末状にしたものです。この Salep については後から詳述したいと思います。

マラシュ・ドンドルマには、この Salep に加えてカハラマンマラシュにある Ahir Mountain (アヒル山) で育った山羊のミルクおよび砂糖が使われています。原料はこれだけです。砂糖はどこでも手に入りますが、Salep とアヒル山で育った山羊のミルクはどこでも手に入るわけではありません。ですから、実質的にマラシュ・ドンドルマの製造の拠点はカハラマンマラシュとその周辺に限られることになります。

この本物のマラシュ・ドンドルマは世界で一番健康なアイスといわれています。まず、マラシュ・ドンドルマに欠かせない山羊のミルクについて少しご説明します。

アヒル山で育った山羊のミルクの特徴

前述のように、マラシュ・ドンドルマに使われるミルクが搾り取られる山羊は Ahir Mountain (アヒル山) で放牧されます。この山羊たちの日々の餌になるのは、山の斜面に咲くタイム、レンゲ、ヒヤシンス、クロッカスなど。ですから、この山羊たちから取られるミルクはオーガニックそのもの。この上質のミルクがアイスクリームに独特のフレーバーと芳香を与えます。

日本ではあまり親しみがない山羊のミルク。動物臭いなどと一般的には言われますが、実はヤギのミルクは周辺の臭いを吸着する性質が強いのだそうです。ですから注意して飼育管理され搾乳・処理したヤギのミルクには本来ほとんど嫌な臭いはないのだそうです。マラシュ・ドンドルマがリッチな味わいになる理由がお分かりになるかと思います。

DSC_0125.JPG筆者撮影 - カハラマンマラシュのアイスクリーム博物館にある展示

山羊のミルクは、成分上および滋養の豊かさという観点からすると母乳に一番近いミルクだと知られています。またアレルギー反応を起こしにくいといわれています。牛乳に含まれ、アレルギー誘発性成分だといわれる αS1 カゼインがヤギのミルクにはほとんど含まれていないためです。中和脂肪酸は牛乳の 2 倍含まれていて、消化吸収が非常に良いといわれています。ここでは触れませんが、カハラマンマラシュのアイスクリーム博物館では、山羊のミルクのその他さまざまな利点について紹介されています。

アイスクリームに粘り気を持たせる Salep について

次にマラシュ・ドンドルマに欠かせない Salep についてご説明します。Salep はカハラマンマラシュ周辺の山々の標高 1000-1200 メートル程のところで生息する様々な種類の野生ランの球根から採取されます。

DSC_0142.JPG筆者撮影 ‐ カハラマンマラシュのアイスクリーム博物館にある野生ランの模型

収穫される球根の基準ですが、育って 1 年目ほどの大きめの球根が収穫の対象になります。若い球根は植物に栄養を与えるために残されます。この球根の採取はランに花が咲いているときに行われます。収穫されたばかりの球根は冷たい水で洗浄しますが、場合によっては球根内で進む酵素活性を押さえるために牛乳や乳清が使われます。

収穫された球根は、外側の皮を柔らかくして取り除くために 10-15 分ほどゆでます。水気を切った後に綿の布の上に広げ、7-10日ほど風通しの良い日陰で乾燥させます。このプロセス中に球根の重さは 87.5% ほど失われます。

乾燥した Salep の球根は卵型で、場合によっては歯のような形をしており、透明感があるグレーがかった白または黄色をしています。表面は滑らかで軽量です。乾燥したこの球根は低速で粉状にされ、ふるいにかけられ、粗い部分は取り除かれます。

DSC_0190.JPG筆者撮影 ‐ 店先で売られている Salep (パウダー状になっていないタイプ)

粉末状の Salep を 1 キロ作るには、1000 個ほどの Salep の球根が必要とされます。カハラマンマラシュとその周辺地域は野生ランが自生する重要な地域ですが、この地域から採取される Salep の量には限りがあり、年間 300-400kg と報告されています。昨今のマラシュ・アイスクリームの人気も手伝い、Salep は不足しがち。ですから、カハラマンマラシュで採取される Salep に加えて他の地域の Salep が混ぜられることが多いのだとか。

さて、野生ランとひとことで言っても、Salep が採取される野生ランは 1 種類ではありません。9 つの異なる分類に属する 25 種類、4 亜種、2 品種の野生ランが特定されています。ですから Salep とひとことで言っても、ピンキリがあり値段が大きく異なります。

高級な Salep はアイスクリームに、質が劣る Salep は飲み物として使われることが多いようです。それにしても、飲み物としての Salep って一体なんぞや? と思われるかもしれません。実はこの飲み物としての Salep がマラシュ・ドンドルマ誕生のきっかけになりました。マラシュ・ドンドルマがどうやって誕生したかに入る前に、この飲み物としての Salep について少しご説明させていただきます。

飲み物としての Salep

Salep はもともとはアイスクリームの原料としてではなく、冬場の温かい飲み物としてトルコで愛されてきました。飲み物の場合もシンプルに「Salep」と呼ばれますが、前述のように Salep はもともとは野生ランの球根を粉末状にしたものです。これが原料になっているので、飲み物も「Salep」と呼ばれます。

さてこの 飲み物としての Salep、イスラム教が普及するにつれ、アルコール飲料が避けられるようになり、Salep や Boza (麦芽を用いた発酵飲料でこちらも冬場に飲まれる) がアルコールに取って代わるようになりました。

冬に飲まれるのは、粉末状の Salep と砂糖を牛乳にミックスしたもので、少しドロッとしていて、飲むと体がポカポカ温まります。ちょうど片栗粉を溶かした飲み物のような感じです。冬場にトルコに来られた方なら、この Salep を目にされる方もおられることでしょう。

iStock-617586250.jpgi-Stock トルコの冬の風物詩である Salep という温かい飲み物

Salep はトルコの冬の風物詩であるとはいえ、野生ランの球根の粉末は非常に高価。ですから、現在売られている飲み物としての Salep には、タピオカ粉などが代用されているケースが多いようです。

さていよいよ本題です。もともと温かい飲み物として親しまれていた Salep がどうしてアイスクリームに使われるようになったのか?

Salep がアイスクリームに使われるようになったいきさつ

誰がいつ Salep を使ったアイスクリームを作ったのかは謎に包まれています。諸説ありますが、有力な説といわれているのが、温かい飲み物として作られた Salep を保存の目的で寒い場所に保管していた際、夜中にそれが凍って固くなっていたというものです。この凍った Salep に金属製のスプーンが触れた時に弾力があるガムのような口触りに変化し、食べてみたらおいしかったといわれています。

カハラマンマラシュ市の公式サイトを含む幾つかのサイトによると、この偶然の発見をしたのはマラシュ出身の Osman Ağa という人物だということです。この人物はオスマン帝国の宮殿や邸宅に Salep (野生のラン)を販売していました。ある日、売れ残った Salep を砂糖と牛乳と混ぜて雪に埋めます。翌朝、それが固い弾力のあるテクスチャーに変化しているのを見てびっくりし、食べてみます。その粘着性のあるテクスチャーが人気になり、マラシュ・ドンドルマが誕生したということです。

ただしカハラマンマラシュのアイスクリーム博物館の情報によると、Salep を使ったアイスクリームがカハラマンマラシュに初めて持ち込まれたのは 1925 年だということです。アレッポの犯罪者だった Haci Mahmet という人物がシリアのアレッポからカハラマンマラシュ (当時はマラシュと呼ばれていた) に逃亡してきた時に、このアイスクリームを持ち込みました。マラシュで彼はアイスクリームショップを開き、Salepアイスクリームの製造を開始します。

この商売に将来性を見出した Kel Ali (1912-2006) という人物が Haci Mahmet に弟子入りを申し出ます。やがてこの Kel Ali がマラシュ・ドンドルマの有名な製造者として知られるようになり、カハラマンマラシュのアイスクリーム製造業の基礎を据えました。カハラマンマラシュは 1930 年代から Salep の輸出の一番重要な拠点となりました。

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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