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グーグル撤退が中国経済を窒息させる

2010年03月24日(水)22時54分


 グーグル撤退はボディブローのように中国にダメージを与え、日本や欧米との新たな摩擦を生むかもしれない。

 言論の自由とか、検索市場のシェアがどうとかいったことではない。情報規制が中国の研究開発を停滞させ、そのために中国の産業競争力が鈍り、やむなく中国政府が過激な経済ナショナリズムに走る――というシナリオだ。

 今年2月にイギリスの科学誌ネイチャーが中国の研究者784人を対象に行った調査によると、回答者の48%が、グーグルにアクセスできなくなったらリサーチ活動に「重大な」支障をきたすと答えたという。「グーグルなしでリサーチを行うのは、電気なしで生活するようなもの」だと、南京農業大学の環境学者はコメントしている。

 中国政府は検索サイトの検閲や規制だけでなく、YouTubeやツイッターのアクセス規制も行っているとされる。内外の情報格差が広がれば、研究開発や起業の担い手として期待されている「海亀(留学帰国者)」の帰国ラッシュにもブレーキがかかるかもしれない。

 手に余る人口を抱えつつ過熱ぎみの経済を軟着陸させなくてはならない中国政府にとって、これは死活的な問題をはらんでいる。

 本誌1月27日号の記事「自由なき中国に潜む成長の限界」で、本誌記者のダニエル・クロスは次のように指摘している。


 英スタンダード・チャータード銀行(上海)チーフエコノミストのスティーブン・グリーンが指摘するように、中国で将来にわたり雇用を増やすためには、サービス産業の発展が不可欠だということ。

 だが情報の自由が制約された状態では、金融サービス、エンターテインメント、メディアなどを中心とするサービス産業を牽引役に経済を発展させることはますます難しくなるだろう。

 中国は根本的な矛盾に直面していると、地政学的リスクを分析する米ユーラシアグループのアナリスト、デーミエン・マーは言う。「政治的な安定を保つためには情報の流れを大幅に閉ざさなければならないが、そうするとイノベーション(技術革新)が阻害される」

 どのような政治体制でも、立派な「ハードウエア」はつくれる。旧ソ連の共産主義体制も、核兵器や人工衛星をつくった。今の中国にも高速鉄道が走っているし、長江(揚子江)にはたくさんの立派な橋が架かっている。

 しかし21世紀に繁栄を遂げるためには、優れた「ソフトウエア」が欠かせない。そして優れたソフトウエアをつくるためには、物だけでなく、情報の流通を後押しすることが必要なのだ。


 それだけではない。中国の研究開発は、グーグルの件とは別に大きな問題を抱えている。今年1月、香港紙・亜州時報に「孔子への裏切り――中国にはびこる論文の盗用・捏造」と題する記事が載った。

 記事によると、昨年12月、2007年に中国の2つの化学者チームが結晶学の専門誌に発表した数十の論文に多くの盗用があることが発覚した。主導した研究者は盗用を認め、大学の職も党籍もはく奪されたが、たび重なる論文の盗用や捏造を重く見たイギリスの医学雑誌ランセットは今年1月の社説で、「中国政府はただちに対策を取る必要がある」と警告した。

 なぜそれほど盗用が多いのか。

 中国で大学院教育が本格的に再開されたのは文化大革命後の1978年。それからわずか30年で、博士号取得者の数はアメリカを抜いて世界一になった。2008年には世界の科学専門誌に発表された論文の11・5%を中国の研究者によるものが占めたが、武漢大学の調査によると、中国では科学論文を売買する市場の規模が3年間で5倍になったという。

 大学の講師から教授への昇格を審査するのは研究科目の専門知識をもたない党官僚で、論文の「質」より「量」が物を言う。必然的に「カット・アンド・ペースト文化」がはびこると、亜州時報の記事は指摘している。

 一定の領域で中国の科学が信用されなくなれば経済成長も阻害されると、ランセットのリチャード・ホートン編集長は忠告している。グーグルの撤退など情報のクローズド化は、まじめな研究者をも萎えさせる。ネットに栓をすることで経済が窒息する。

 中国政府にしてみれば、政治の安定も経済の成長もイノベーションも、どれ一つとして優先度を下げることはできない。となると、なりふり構わず他国の企業から技術を、中国の理屈では「合法的」に入手しようとするかもしれない。

 そうした動きはすでに出ている。グーグル撤退は知的財産をめぐる新たなバトルの序章にすぎないかもしれない。


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竹田圭吾

1964年東京生まれ。2001年1月よりニューズウィーク日本版編集長。

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