最新記事

映画

「家族の同性愛を受け入れられるか」──中国LGBTドキュメンタリーが問うエゴ、分断そして和解

2021年1月28日(木)18時00分
林毅

改めて母親(右)と話し合うアンアン ©テムジン

<中国の若者が、親に同性愛者であることをカミングアウトする過程とその葛藤に密着したドキュメンタリーが問い掛けるエゴと分断と和解>

いずれも上海で暮らすゲイの谷超(グーチャオ)とレズビアンの安安(アンアン)という2人の若者。学習塾で講師として働き生活するグーチャオは中秋節に久しぶりに実家に戻り、2年前に書いた手紙を読み上げる形で父親にカミングアウト(出櫃)する。19歳の頃母親に打ち明けたが受け入れられなかったアンアンもまた、支援団体の力も借りて再度母との和解を試みる。

離婚後、女手ひとつでアンアンを育て上げた母は「何があっても離れたくない」と深い愛情を示す一方、一人娘が同性愛者であることは恥ずかしい、メンツが潰れると受け入れられない。しかし......。

現代中国のLGBTが置かれた環境に大きな影を落としているのが、同性愛が取り締まり対象で、治療が必要な精神疾患であるとされていた過去だ。こうした規定はすでに廃止されているが、グーチャオの父親の「同性愛は治そうと思えば絶対に治せる」といった言葉に象徴されるように、その残滓は社会の様々な場所、或いは人々の意識の中に残っている。同性愛の治療と称して電気ショックを施していたクリニックが「患者」から訴えられ、裁判所が慰謝料支払いを命じたケースもある。

加えて現代中国社会では、少数派であることが直接的な不利益につながる。何に関しても勝てば官軍負ければ賊軍といった調子なので、少数派は他国とは比べ物にならないほど制度や社会の歪みをまとめて押し付けられる。

自ら少数派になるのは「自殺行為」

進んで少数派であることを自認するように見える我が子の行動は、そうした社会で暮らしてきた親の眼には自殺的行為に映る。劇中でも取り上げられるように、親の心配を和らげようと、或いは社会の中で少しでも目立たぬようにと「形婚(同性愛者同士の形式結婚)」を選ぶ当事者もまた、専門のマッチングサイトが存在するくらいに多い。

こうした点で中国という場所がLGBT当事者にとって特に生きづらい面があることは確かだろう。しかし見終わって感じたのは、この54分のドキュメンタリー映画で描かれている核心はLGBTという大多数の人にとっての「われわれではない特殊なだれかの話」ではなく、自分と他者の描く幸せが違ったら、そしてその他者が自分にとってかけがえのない存在だった時にどうするのかという、どの社会のどの個人にも存在する普遍的な問題を取り上げているのではないかということだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スペースXの米スパイ衛星網構築計画、ノースロップが

ワールド

米高官、ラファ侵攻計画に懸念表明 イスラエルと協議

ワールド

イスラエルの長期格付け、「A+」に引き下げ =S&

ビジネス

米アトランタ連銀総裁、インフレ進展停滞なら利上げに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中