最新記事

日本

埼玉の小さな町にダライ・ラマがやってきた理由

2016年12月28日(水)11時24分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

撮影:筆者

<11月下旬、埼玉県毛呂山町の埼玉医科大学で講演を行ったダライ・ラマ14世。半世紀前にチベット難民を受け入れて以来、毛呂山町とチベットとの間には知られざる絆が結ばれていた> (写真:ダライ・ラマ法王14世を迎えるなかに在住チベット人たちの姿が)

 2016年11月26日、埼玉県毛呂山町にある埼玉医科大学のキャンパスは静かな興奮に包まれていた。東京から電車を乗り継いで約1時間半。埼玉県の小さな町にあるこの大学に、来日中のチベットの精神的指導者ダライ・ラマ法王14世がやってくるのだ。

 寒空の下、法王を待つ大学関係者と報道関係者の中に、一握りの民族衣装を着た人たちも混じっている。毛呂山町在住のチベット人コミュニティーの人々だ。実は毛呂山町は半世紀前にインドに亡命したチベット難民を受け入れており、それをきっかけにチベットとの交流が始まっていた。ダライ・ラマ法王が埼玉医科大学を訪れるのもこれで3回目だ。チベットとこの町の間には、知られざる絆があった。

激動のチベットから戦後日本への道のり

 中華人民共和国成立後の1951年、中国はチベットに侵攻し、実質的な支配下に収めた。これに反発して1959年、チベットの首都ラサで反中蜂起が発生する。蜂起を鎮圧した中国はチベット政府を解散させ、現在にいたるまで続く直接支配の体制を構築した。

 動乱で数多くのチベット人が命を落とす中、ダライ・ラマをはじめとする政府関係者やそれに従う人々がインドやネパールなどに流入。以来インド北部のダラムサラには、ダライ・ラマを頂く亡命政府が成立し、亡命チベット人たちは各地にできた難民キャンプなどを中心に生活するようになった。

 ヒマラヤでの動乱をよそに、当時の日本は高度成長を謳歌していた。そして1965年、埼玉県毛呂山町に5人のチベット人留学生がやってきた。彼らはインドのダージリンにある難民キャンプからやってきた少年たちだった。その1人が毛呂山町在住で来日当初12歳だった西蔵ツワンさん(64歳)だ。

 当時、世界各国でチベット難民受け入れの動きが広がっていたが、日本は国として受け入れることはなかった。しかし、戦中にチベットに潜行し諜報活動に従事した木村肥佐生氏が受け入れに奔走。最終的に埼玉県毛呂山町の毛呂病院院長、故・丸木清美博士が5人の少年たちの受け入れに名乗りをあげた。木村氏の知己でもあった丸木博士は、チベットのほかにも、韓国やフィリピン、バングラデシュなどアジア各地から様々な研修生を自分の病院に迎えていた。チベット人もその中に加えられたのだ。

10歳の時に徒歩でヒマラヤを越えて亡命した

 日本に来るまでの西蔵さんの少年時代は激動のチベット現代史そのものだ。西蔵さんの父はかつてチベット政府の商務省の高官だった。ヒマラヤを越えて岩塩を売る隊商を指揮していたが、1959年の蜂起当時インドにいた父親はいち早く亡命した。

【参考記事】Picture Power 抑圧と発展の20年、変わりゆくチベット

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:軽飛行機で中国軍艦のデータ収集、台湾企業

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中