最新記事

抗議デモ

イラン改革派が勝てない皮肉な理由

テヘランでは先週、大統領選の結果をめぐる抗議デモが再燃した。だが外国メディアが6月の騒乱を天安門事件になぞらえたせいで、改革派は敗北しつつある

2009年7月14日(火)18時12分
フーマン・マジド

変質した緑 改革派の大統領候補だったムサビのシンボルカラーも、今では神通力を失った(7月9日、テヘラン) Reuters

 マイケル・ジャクソンの死でイラン騒乱に関する記事が新聞の一面から放逐され、改革派の抗議デモも一服したとき、政府も改革派も次の一手を考えようとした。

 保守強硬派のマフムード・アハマディネジャド大統領を再選した選挙結果が不正だったという疑惑と怒りは、学生や世俗主義者、富裕層などの少数派に限られたものではないと、政府は気づかされた。抗議はイランの物言わぬ多数派にも広がっていた。

 そこで政府は、暴動はイランの敵が扇動したものだと宣伝し始めた。これに対し改革派は、イスラム体制の尊重と法の支配を強調した。

 先週、改革派指導者の呼びかけも待たずに抗議デモが再び再燃したのを見ると、改革派はかつてないほど勢いづいているように見える。だが今回のデモの性質から浮かび上がるのは、今や政府が改革派に勝利を収めようとしているという事実だ。

 マイケル・ジャクソンの死を境にした報道の小休止の間もその前も、デモの真意は改革派の意図を逸れ、西側のメディアに曲解されて伝わった。人々は、自由と民主主義を求めて通りに繰り出したのではない。保守派の重鎮で最高指導者アリ・ハメネイ師の盟友であるアリ・ラリジャニ国会議長の言葉を借りれば、「イラン国民の大半は大統領選の結果を信じていない」から抗議したのだ。

メディアのこじつけは体制側の思う壺

 6月12日の大統領選後、テヘランの街にあふれた改革派支持者には、若者や高齢者、髭を生やした者やそうでない者、チャドルをまとった女性や敬虔なイスラム教徒、それに世俗主義者やシャネルを着た人まで集まっていた。皆、不正選挙に不満の意思表示をしたかった。単純な話だ。

 だが世界のメディアは、何とかしてこのデモをイラン版の天安門事件に仕立てようとし、79年に王制を倒したイラン革命との共通点をこじつけようとした。新聞もテレビも、デモをイスラム体制に対する抗議にしたがった。

 その結果、デモの影響力は弱まった。イスラム体制に対する脅威と見なされることは、イランで信頼を失う最も手っ取り早い方法だからだ。改革派、とりわけデモの指導者を悪魔に仕立て上げられれば、それこそイラン政府の思う壺だ。

 総じて無能な亡命者グループ──王制復活主義者やイラクとパリを拠点とする反体制組織ムジャヒディン・ハルクも、反乱を扇動する熱狂と興奮に加わった。だが彼らが「連帯」を表明したせいで、真の選挙権を主張したかっただけの有権者にもレッテルが貼られ、信用は失われた。

 ムジャヒディン・ハルクは、イラン・イラク戦争でイラクのサダム・フセイン大統領(当時)を支持した嫌われ者のカルト集団。警棒や銃にも立ち向かって行ったデモ参加者にとって、そのムジャヒディンが、デモで射殺され「抵抗のシンボル」になった女性ネダ・アガ・ソルタンのポスターを掲げて開いた記者会見ほどおぞましい光景はなかっただろう。

SUVでデモに乗り込んだ「支持者」

 イラン革命で打倒されたパーレビ元国王の長男レザ・パーレビ元皇太子は、ワシントンで記者会見を開き、涙を流した。多くのイラン人はウソ泣きと思っているし、改革派のミルホセイン・ムサビ元首相にとってもムジャヒディンと同じくらい迷惑な話だった。

 またブリュッセルでは、ムサビの代役を自任する著名なイラン人映画監督が欧州議会で、イランと対決しなければすぐに核兵器保有国になると発言した。外国の陰謀を訴えるイラン政府のプロパガンダにとって、これ以上ない贈り物だ。これらすべての動きによって、イラン改革派の革命は乗っ取られた。

 その悪影響は、先週抗議デモが再開したときにはっきりした。それはまさにイランの保守派が見たがっていた光景だった。デモ参加者は小金持ちそうな若いテヘラン市民で、10万ドルもするSUV(スポーツ・ユーティリティー車)で現場から逃げた者もいた。チャドル姿はほとんどなく、家族はもっと少なく、ラリジャニが「選挙結果を信じていない」と認めた大多数の国民の姿はもはやなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=下落、予想下回るGDPが圧迫

ビジネス

再送-〔ロイターネクスト〕米第1四半期GDPは上方

ワールド

中国の対ロ支援、西側諸国との関係閉ざす=NATO事

ビジネス

NY外為市場=ドル、対円以外で下落 第1四半期は低
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中