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2009.09.29

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中国の女性はもう我慢しない

根深い性差別に対し、女性たちが沈黙を破って立ち上がろうとしている

2009年9月29日(火)13時07分
ダンカン・ヒューイット(上海支局)

 かつては愛人と纏足が代名詞だった中国はこの数十年、あらゆる性差別を禁止してきたと自負している。だが今春、その自信を揺るがす不釣り合いなニュースが続いた。

 南西部の貴州省で5人の役人が、未成年の少女たちに売春を強要した罪で懲役を科された。当初は「未成年の売春婦と性交渉をした」容疑とされていたことが、世論のさらなる怒りをあおった。

 雲南省昆明の南の都市では女子生徒2人が、病院の検査で処女だと判明したにもかかわらず売春の罪で起訴された。

 湖北省では5月に、ウエートレスのトン・ユィチアオ(21)が自分をレイプしようとした役人を刺殺したとして逮捕された。彼女が殺人罪で起訴されることになると、全国のメディアとインターネット上で抗議が沸騰。当局が罪状を変更するという珍しい事態になった。鴆は自己防衛のために過度の暴力を働いたとして有罪判決を受け、限定責任能力が認められ釈放された。

 これらの事件は中国における女性の地位をあらわにし、市民の心に強く訴えた。女性が「空の半分を支えている」と毛沢東が言って以来、政府は表向きは男女平等を促進してきたが、理念の実践は一貫していない。

 確かに共産党政権の初期には、女性の生活は格段に向上した。離婚する権利が認められ、男性と対等な立場で働けるようになり、教育の機会は大半の途上国に比べてかなり充実した。

 しかし80年代に中国の力強い経済成長が始まってからは、女性の地位の逆行ぶりは深刻だ。裕福なエリート層を中心に多くの中国人女性は、良い教育を受け、多国籍企業で働き、自分の家を持つなど、かつての中国では考えられなかった生活を送っている。

 だがそれ以外の女性は、特に貧しい女性の生活はそれほど変わっていない。しかも共産党が撲滅しようとしてきた古い慣習や搾取の多くが復活している。

 最も明白な例は性産業の急成長だろう。政府は50年代に売春業を廃止。売春婦の社会復帰を促してきた。しかし今日では、マッサージ店や理髪店などカネでセックスができる場所は至る所にある。国内の売春婦は400万人に上るという推計もある。

 性産業の拡大は、中国の市場経済が新しい機会を創出してきた一方で、女性の搾取に貢献してきたことを物語る。80年代以降、地方の女性は都会に出て仕事を探せるようになった。しかしこれは都会に大きな下層階級を生み、体を売るしか稼ぐ術がないという人も少なくない。最近の世界的な経済危機で、そうした窮地に追い込まれる人はさらに増えるだろう。

 問題は売春をはるかに超えている。中国の女性問題に詳しい米タフツ大学の社会学者孫中欣(スン・チョンシン)によると、規制が貧弱な中国の労働市場で、資本主義は「女性を商品として扱う」風潮をつくってきた。「例えば『求む女性。容姿端麗、身長160詢以上』という求人広告が最近は多い。美人でなければ雇ってもらえないかもしれない」

企業も政界も男性優位

 職場の性差別の報告も日常茶飯事だ。かつては国営の企業や職場に無料の託児施設があったが、最近は出産年齢の女性の雇用を拒む傾向が広まっている。「出産のために、大卒の女性は大卒の男性より仕事を見つけるのが難しい。個人の資質もあるが、競争力の弱い女性のほうが障害は多いだろう」と、女性史に詳しい華東師範大学の姜進(チアン・チン)教授は言う。

 姜によると、無数にある小さな民間企業はとりわけ厳しい。役所と国営の大企業は社会主義時代の平等主義がより強く残っている。しかし小さな企業は、上司が「男女平等について十分に学んでいない」ことが多いと、姜は言う。

 政府で働く人々も無関係ではない。上海の若い女性会社員馮冬雁(フォン・トンイェン)は国営銀行の求人に応募した際、担当者から「男性のほうが選考基準が緩い」と聞かされた。「結局、採用された100人のうち80人が男性だった」

 進歩の兆しもいくつかあるが(例えば80年に中国の大学生のうち女性は23%だったが、現在は50%に増えた)、男女の格差は依然としてかなり大きい。中国の人材紹介最大手、中華英才網の07年の報告書によると、中国のホワイトカラーの平均年収は男性が4万4000元(6441謖)に対し、女性は2万8700元(4201謖)だった。

 仕事で成功している女性のなかにも、「ガラスの天井」で出世が制限されているという不満がある。英コンサルティング会社グラント・ソーントンの最近の調査では、中国の民間企業の上級管理職のうち女性はわずか30%だった。

 問題の1つは規制がお粗末なことだ。「中国の憲法は男女平等を強調している」と、タフツ大学の孫は言う。「しかし実践するのはかなり困難だ。個々の法律はあまり具体的でないか、弱過ぎる」

 裁判に訴えても「女性だから性差別を受けたということを立証するのはとても難しい」と、北京大学法学部女性法律研究支援センターの李瑩(リー・イン)は言う。

 フェミニスト全盛期とされた50年代と60年代でさえ、性差別の問題はあったと孫は指摘する。中国は「かなりのことを」成し遂げたが、「100%ではなかった。例えば女性は働くべきだと言いながら、多くの国営企業で彼女たちは清掃や単純作業をしていた」

 こうした慣習は政界にも反映されている。共産党員7000万人のうち女性は約20%。党の最高権力機関の中央委員会は委員204人のうち女性はわずか13人だ。

 家父長制を思わせる風潮はたくさんある。レストランでは男性客が女性従業員に向かって指を鳴らし、「小さな妹」「小さな女の子」という意味の「小妹(シアオメイ)」と呼ぶことも多い。

 このような態度は家庭内暴力が多い理由にもつながると、専門家は指摘する。北京大学の李は、全世帯の約30%に家庭内暴力があるだろうとみる。地方の家庭は1人目が女の子の場合だけ2人目の子供を持てる(貧しい家では娘のほうが役に立たないという考えに基づく)というような政策も、偏見を助長している。

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