コラム

「子ども手当」考

2010年04月16日(金)12時57分

 民主党政権の「目玉」である「子ども手当」法案が成立しました。日本の子育てや教育の事情には色々と深刻な問題があるのですが、とにかく制度改革には時間がかかるので、即効性のある「カネ」を出すことで社会として子育てを応援するということだと思います。居住地や国籍などの支給要件の問題も色々言われていますが、とにかくやってみて、それで出生率や子育て中の家庭の満足度なり幸福度が向上すればということであり、ダメならお金だけの対策でお茶を濁すのではなく、本格的な制度改革に取り組むべきでしょう。

 その改革の方向性ですが、ゆとり教育を止めるとか、英語をやれとかいうような「小手先」の話ではダメだと思うのです。どうして日本では中学以下のお子さんのいる家庭に「手当」を配らなくてはならないのか、そこには2つの問題があると思います。例えば、アメリカでは中学生以下の子供にカネがかかって大変だから少子化が進むというような現象はありません。

 1つは、受験制度です。例えば、高校受験です。実質的に高校卒業というのは、日本社会では必要な資格だと思います。中卒が金の卵だというような時代は遠く過ぎ去り、最低高卒でなくては非正規の雇用もないというような言われ方をしています。そして政府は高校の実質無償化も行っています。実質的に高校というのは日本の若者には必須であり、事実上高校の義務化と全入ということが制度的には可能であり、また求められているのだと思うのです。

 受験があること、受験そのものに問題があること、これも大きなテーマですが、仮に百歩譲って現在の受験制度が当面は変えられないとして、どうして「その生徒の潜在的な能力を伸ばすにふさわしい」レベルの学校に行くためには「公立校には必要な学習機会がない」のでしょう? どうして高額なカネをかけて塾に行かないと、その子供の能力を生かすような進路に進ませることができないのでしょう?

 もっと言えば、どうして各主要教科の学力を伸ばす専門知識と指導技術を持った人が「経産省管轄の営利企業」である塾にはいて、公立学校にはいないのでしょう? 明治以来の日本の成長には、人材育成の成功という要素が支える面が大きかったのですが、もはや公立校にはそうした機能は期待できず、特に都市部では塾に行かないと、能力開発ができない、そのためにカネがかかるというのは教育システムが破綻しているとしか言いようがないと思います。学校と塾という2つの組織でダブルで教師を抱え、子供も両方に通うということのバカバカしさ、子ども手当の先にはその根本問題を解決すべきだと思うのです。

 もう1つは、才能発掘のしくみです。小中のレベルでも、仮にそこまで十分に能力が開発されていなくても、優秀な資質を持った子供はいると思います。そうした子供が、親の経済状態のために塾に行けず、結果的に受験テクニックも身につかず上級学校に行くコスト負担もできないまま放置されるのは人材のムダとしか言いようがありません。才能を発掘して、そこに資金を投じてゆく、具体的には能力に見合った給付型奨学金を用意するシステムがもっともっと整備されるべきだと思います。

 学校と塾の二重生活・二重出費を強いられる、才能があっても親のカネがなければ社会から見捨てられる、この2つの問題(他にもありますが)について「改革に時間がかかる」ことから、あくまで緊急避難的な措置として取られているのが「子ども手当」だと言えるでしょう。その意味で、確かに居住地基準など「制度のバカバカしさの被害に遭っているかどうか?」で支給を見直すことは必要かもしれません。ですが、そんな面倒なことをするぐらいなら、本当に教育の改革をした方が手っ取り早いかもしれない、そんな風にも思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ジュリアーニ氏らアリゾナ州大陪審が起訴、20年大統

ビジネス

トヨタ、23年度は世界販売・生産が過去最高 HV好

ビジネス

EVポールスター、中国以外で生産加速 EU・中国の

ワールド

東南アジア4カ国からの太陽光パネルに米の関税発動要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story