コラム

そもそも「先制核攻撃」は可能なのか?

2009年10月19日(月)11時44分

 核兵器というのは大変に厄介な兵器です。例えば、先週末から議論されているものとして「核の先制不使用」という問題があります。では、そもそも「核の先制使用」というのは一体どんなことを意味するのでしょうか? 何となく「先制使用が禁止されていれば安心」という印象論はあるのですが、理論的にはどうなのでしょう。ではどうして5大国と「非合法に保有」している数カ国は核保有をしているのでしょうか。そして先制攻撃を否定しないのでしょうか?

 それは「先制されたら報復する」というだけでは抑止論が十分でないからです。相手に対して「万が一先制したら、報復攻撃を受け、その国の人口の多くが殺されインフラが破壊されるようなダメージを受ける」と思わせるだけでは攻撃を躊躇させる理屈としてスキがあるというのです。「核先制攻撃の兆候がハッキリした時点で」相手の核攻撃意図を挫折させるために戦術核の使用をする「ことがある」というプレッシャーを相手にかけることで、抑止力は100%になる、そうした理屈です。

 ところで、抽象的な抑止力議論とは離れて、実際に核が使用されるケースを想定したとします。そこで核の「先制攻撃」として考えられるのは、以下のようなケースだと思います。
1)宣戦布告なき奇襲攻撃として相手国を核攻撃。
2)既に通常兵器によって開戦した後に、戦況を有利にするために核を先制使用。
3)敵国に戦略核を先制使用しようという切迫した兆候が見られるので、その意図を挫折させるために相手国を戦略核で攻撃。
4)3)と同様、敵国が核攻撃してくる切迫した兆候に基づいて、敵国の核攻撃設備を戦術核で徹底破壊。
 パターンとしてはそのくらいでしょう。では、この中で「正当化しうる」ケースはあるのでしょうか?

 私はないと思います。まず1)と2)の場合ですが、実行したとなると、国際法上はともかく、国際世論からは「核攻撃国」として厳しい批判を浴びるでしょう。同盟国も離反する可能性が濃厚です。というのは、先制攻撃を行ったということを、同盟国が支持してしまうと、その同盟国も核による報復攻撃を受ける恐怖を感じることになるからです。従って先制攻撃は孤立した状態で行わざるを得ず、結果的にその国は国際社会を敵に回すことになるでしょう。

 3)、4)の場合は、確かに抑止力の一部を形成しているわけですが、それでも先制攻撃をしてしまうと「相手に核報復攻撃の口実を与える」事になる一方で「相手の核開発の証拠を破壊してしまう」など心理戦を戦う上では決して上策とは思えないのです。まして、物理的に相手国の核攻撃施設を破壊するには、核攻撃は必要ありません。通常兵器によって効果的な作戦を行えばいいのであって、それをわざわざ核での先制をするというのは「過剰」であり、国際社会の同情を相手に渡す利敵行為という結果になる危険もあります。

 それよりも何よりも、相手が核保有国の場合は、こちらが先制するということは、相手が核報復攻撃を行ってくることを意味するわけで不可能だとすると、「先制攻撃が意味のあるのは相手が非核国の場合のみ」ということになります。ですが、ここにもパラドックスがあり、非核国を攻撃するというのは卑怯だということから、国際世論からの孤立を招き、政治的には国を失うぐらいのダメージになるのです。

 そう考えると「先制攻撃」というのは事実上は不可能、そう断定せざるを得ません。国際世論における核論争というのは、そこに核戦争イコール人類の大量虐殺という認識があり、これが人類の種の滅亡を恐れる生物としての本能的な直感になっています。そのこと自体は人間の本能に根ざした部分であり、どんなに正しくても感情論だ、そんな認識が保有国の間にはあります。

 ですが、核兵器の性格を考えて実際に使用ができるかどうか、現実論から考えても「先制攻撃」というのは事実上不可能なのです。では、国連などの場における「先制攻撃禁止」の取り決めには意味があるのでしょうか? 私はあると思います。今回の共同提案国である日本とオーストラリアの場合は、それぞれ北朝鮮とインドネシアのイスラム原理主義勢力など、周囲にある外交の常識の通用しない国やグループを考慮した安全保障を組んでいかねばなりません。その際に、国際社会として「核の先制攻撃を禁止」するということは、政治的な圧力として有効だからです。

 では、合意形成は簡単に進むのかというと、ここにはもう1つ別の問題があります。核保有国の多くは合法保有、非合法保有に関わらず、核保有に関しては世論の支持を得ている場合が多いのです。「伝家の宝刀」として「イザ」というときには、国民を守ってくれるという、これまた本能的な感情論として「核」に依存する心理、そこには「核兵器は全能」という神話があるのです。こうした核を持つことによる「全能感」は、先制攻撃を禁止されることで不完全になる、彼等にはそうした感情があります。

 先制攻撃を禁止する合意のためには、これが一番の障害になるでしょう。そして核保有国がなかなか同意しないのは、自国の世論を恐れるからです。核をめぐる問題は複雑です。テクニカルな戦略論としては成り立たない「先制攻撃」ですし、人類の種の保存本能からは禁止への強い感情論が自然に出てくるのですが、その一方で、抑止力論議や、自国中心の「全能感維持」の本能からは禁止への抵抗も根強いのです。

 感情論を衝突させては立場の違いを浮きだたせるだけで、合意は遠のくばかりです。私は、改めてテクニカルな観点から「先制攻撃は不可能」という議論を深めていきたいと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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